熊野堂神楽 音師霊舞
さて本日は熊野堂神楽で音師霊舞について(音師は音編につくりが師の漢字)
その前に熊野堂神楽の由来について
「文治年間(1185~90)に京都の神楽岡から伝わったとか、源頼朝の奥州攻めの折りに伝わったとか諸説有るが定かでない。
出雲の流れをくむ岩戸神楽で、仙台周辺及び県南部に分布する神楽の元祖と言われており、詞章を唱えることのない黙劇の祈祷の舞で、随所に修験の呪法の名残りが見られる。
現在神楽は拝殿前の池に常設された神楽殿で行われているが、江戸時代以前は拝殿の場所にあった長床で舞われていた。舞人は神楽面を付けて舞い、伴奏は、宮太鼓(いびつ太鼓)・大拍子・笛の三楽人が行う」
この音師霊舞は十三番ある神楽のうち八番目に位置づけられ、武甕槌命が国土の四方を討ち祓う舞である。
手印を結んだり、背腰に五行色の御幣を挿すなど、修験の影響が見て取れます。
面は舞楽面を使っているとのこと。
舞の後半部分では五行弊を赤緑青黄の順に1本ずつ打ち振り、それを四方の床に置いていく。
最後に残った紫色の御幣だけは腰にさしたまま幕入りとなる。
なお、この舞は道祖神楽では四方弊舞という演目で猿田彦命の舞としている。
動画でどうぞ。
