達古袋神楽 葛の葉子別れ@鶯沢八幡神社大祭
さて本日は、昨日に続いて宮城県栗原市鶯沢に鎮座する鶯沢八幡神社大祭から今度は里に降りての神賑行事です。
八幡神社から1kmほど、鶯沢の町中にあります鶯沢体育館にて神楽と舞踊ショーで盛大に行われました。
神社での鹿踊が終わったのが12時過ぎ、公民館での神楽が始まる2時まで時間があったので、丸勝食堂でうまい味噌ラーメンを食す。その後、二迫川沿いを散策しましたが、9月11日の豪雨の爪痕が大変なものでした。合掌
さて、鶯沢体育館に着くと神賑行事の準備も出来上がっていました。
プログラムには子どもたちの御神楽と舞踊ショーもありましたが割愛させていただいて、神楽のみリポートいたします。
で、最初は達古袋神楽さんの葛の葉子別れについてです。
その前に、達古袋神楽さんの由来について定本より
「明治二年の火災で記録を失ったので資料はないが伝える所によれば、八幡神社は田村麻呂公の勧請といい、康平五年(一○六二)八月一五日再建の棟札もある。
八幡山常学院は、京都本山派の相模坊が、文明一○年(一四七八)開設し、古くから八幡神社の奉納神楽として法印神楽が舞われて来た。
なお弘化年代(一八四四)に神楽も盛んになり、明治以降には、胆沢地方、宮城県北、栗原郡、玉造郡等にも伝えられた。
明治以前は常学院が宮元となり指導に当ったが、以降の歴代師匠は、明治一一年小野寺伊三郎、明治二○年阿部徳太郎、明治二五年小岩勝蔵、明治三○年小岩利右エ門、小岩彦三郎、大正九年~昭和三八年まで阿部長治、以降阿部孝が指導に当り後継者の養成に当った。」
とあります。現在の代表は小岩恭一さんです。
この日は、皆さん忙しかったらしく胴や鉦に鶯沢神楽さんからピンチヒッターです。
泉州は住吉の里に住まいをなす、安倍の保名と葛の葉は長々の契りを結び、童子丸をもうけました。
保名さんです。
葛の葉姫です。
ある日、葛の葉は陽気にうとうとし童子丸に狐の姿を見られ、添われぬ身なればやむな<表の障子に一首の和歌を書き残し、子供の養育を保名に託し童子丸を捨て信田の森に帰るのでした。
障子に書いた別れの一首 「恋しくば 尋ね来てみよ 泉なる 信田が森の うらみ葛の葉」
家に帰った保名は一首の和歌を見て、葛の葉は信田が森に帰ったことを知り、眠る童子丸を抱き上げ信田が森に葛の葉を尋ねます。
保名の呼びかけに狐の姿に戻った葛の葉が現れます。
保名が戻ってきてほしいと頼みますが、葛の葉は狐の身であるため添われぬと、我が子への形見に「悟りの玉」を保名に託すのでした。
〽 幼き童子と泣き別れ 死んで別れるは是非もなし 生きて別れは辛いぞよ 母は信田へ帰るなり
と葛の葉が唄う悲しき場面です。
残された保名と童子丸
動画でどうぞ。
神社と体育館(公民館の隣)の場所はここです。
