沢辺神楽 秀衡桜狩の場@北辰神社神楽大会
さて、本日は沢辺神楽さんの秀衡桜狩の場についてです。
その前に沢辺神楽さんの由来を定本より
「昭和四九年一○月、斉藤憲雄が庭元となり、城生野神楽の熊谷勤師匠を招き部落の青年達に神楽の指導を行い、沢辺神楽を創設した。
※昭和四八年発刊の金成町史によれば、南部神楽の流れをくむ神楽が各地区に組織されていたが、昭和二○年前にほとんど絶えた。
昭和三八年、平形神楽が解散に及び完全に消滅した。
岩手県の大門神楽、飯倉神楽の流れをくむもの、有壁神楽、藤渡戸神楽、赤児神楽、畑神楽、岩崎神楽、大原木神楽。
城生野神楽の流れをくむもの、平形神楽、姉歯神楽、下沢辺神楽、小堤神楽であった。」
ということなそうです。現在の代表は佐藤忠一さんです。
この演目は奥州藤原氏二代の藤原基衡公にまつわるエピソードで、後に源九郎義経と繋がるための伏線的な事柄を織り込んでいます。
京都の五山の桜にも勝るとも劣らぬ平泉中尊寺から眺むる束稲山の桜を愛でるため、奥六郡の主である藤原秀衡が花見の祝宴をしている場面から始まります。
春爛漫の桜花の下で、藤原基成の娘であるしずはた姫が京都から連れ立ってきた金売吉次とともに父を探し当てるため、秀衡と対面することになります。
流罪になった父基成を娘しずはた姫が尋ねてきて、自らを表すため歌と舞を花見の場で披露する場面となります。
扇車の舞が艶やかです。
しずはた姫と藤原基成の因果を知った藤原秀衡は、策があるということでしずはた姫を止め、戦略を練るの図 というわけです。
動画でどうぞ。
