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2015.01.03 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

獅子と権現の境

さて、本日は親戚宅で新年会をして帰ってきたばかりなので短くいきます。

昨日、稲荷田大権現についてリポートした訳ですが、もとよりこの権現舞は北下幅神楽に付属したものではない。
明治8年に千葉源五郎が北下幅神楽を創設した当時はなかったとされ、その後千葉運蔵の代の頃に権現舞を江刺方面から移入したということだ。
その後は、権現舞は神楽組とは別個に伝承されたが戦後に途絶えて、平成になって北下幅神楽が担う形になったため、今では北下幅神楽付属の権現舞になった観がある。
北下幅神楽の伝承元とされる葉場神楽も山伏神楽のようだったと推察されるがどのような神楽であったかは伝書を保管していた庭元宅が火災にあったため今となっては知る由もない。



従って、現在の北下幅神楽は南部神楽の形態を取ってはいるが、演目構成等の根幹はやはり山伏神楽系統といえる。しかしながら権現舞を付属していなかったことが大いなる謎ではある。

江刺から胆沢北部及び東山町の一部には山伏神楽の権現舞が伝承されていたという。
そして、それより南側には獅子舞(獅子あやしが付く)が分布している。
つまり、神楽も山伏神楽と法印神楽が入り交じっている胆沢地方は権現舞と獅子舞もまた渦巻いている地域なのである。
一つ一つの伝承地を地図上にプロットしてけば、又一つの指標が現れてくるのではないかと思い、現在作業をしている次第だ。


参考までに北下幅神楽の権現舞神歌を掲載して正月の寿ぎとする。

〽 ご祈祷に 千代の御神楽舞いらする 舞いらせたりや 重ね重ねに
  新塩の 潮の八百路の 八塩津の 塩の八百家に神ぞ在すます
  この水は 何処の水とや 人問わば 天のまなへの 水と答えよ
  この神酒は 我が造酒ならず 櫛の神 救浪神は 祭り御酒造き


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2015.01.03 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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