上幅庭田植踊 @奥州市民芸術祭 郷土芸能の祭典
さて本日は、第9回奥州市民芸術祭郷土芸能の祭典から上幅庭田植踊についてです。
由来について水沢市教育委員会篇「無形文化財保存記録集 2 」から抜粋
松本市治氏からの間き取りによれば、「語り伝えでは、今から七三〇年前(弘長二年)この庭田植踊を掃部長者に見せたところが、ここの『田植つこ』は他所の田植っこと違って、「めでためでた」で踊つて入つて来るのが大変良いということで、一番の折紙をつけられ、それを誇りにして今迄踊り伝え、継承されてきたということです。ただ、どこから入つてきて、誰が始めたかなどということはわからない。高山掃部長者は、何せここの地元だから、それにくっ付けてるんでしょう」ということで、伝書、文書類は一切残っていない。
ということです。
伝承は昭和16年に男性だけの踊組が一度絶えて、昭和31年に上幅の女性たちが松本初太郎氏と渡辺勝治郎氏の指導で復活し、その後しばらく続いたが平成18年から3年の間途絶えた。
そして、平成21年に現代表の松本寛章さんが20~30代の同級生ら十数人に参加を呼び掛け、再度復活させたということです。
この日の演目は、朝はか、ひるしひき、つんばくら、米搗き、お蔵納め、中入(苗ならし)、入れ違い、鎌倉、夕暮れでしたが、他に門付けで庭入りする時に門口での寄せ囃、おかんざき等があり、他の胆沢の田植踊組と同様のものがある。
カッコ(太鼓)
奴
そして、演目がお蔵納めまで終わると中入になる。
余興としては萬歳や等があるが、最初に「苗代ならし」が行われる。田作業のまねごとで、苗代ならしから種蒔まで演じられ、農夫の女房が出て産気づいて退場までとなる。豊作の予祝芸能として演じられている。
その後、後半の踊へと続く。
動画でどうぞ。
