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2014.10.22 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

嵯峨立神楽 叢雲 @ 第37回平野神社神楽大会

さて、本日は、嵯峨立神楽さんの叢雲です。

その前に嵯峨立神楽さんの由来を定本より


「嵯峨立神楽」は、「修験道賀多羽流」と称し弘化年間(1844~ 48)嵯峨立普慶院第二十四世佛心得宗大和尚により伝承されたと言われていますが、中田町上沼八幡山にある「上沼加茂流法印神楽」の由来書には、江戸時代中期、中田町内にある六ヶ院の法印たちにより神楽を執行し、文化・文政の頃には、東和町錦織や嵯峨立の法印も加わり十三ヶ院で神楽を演じていたとの記述があり、現存する古い神楽本には上沼や浅部の法印神楽と同じ演目が残されています。
明治初年、神仏分離令により修験宗が解体され、法印神楽の継続が困難となり、明治初期に当時流行していた南部神楽を取り入れ変容したものと思われます。
他の南部神楽では決して演じることのない法印神楽のみに伝わる「笹結び」や「宇賀玉」などの演日が「嵯峨立神楽」には伝承されており、法印神楽の芸風を色濃く残したきわめて貴重な南部神楽となっています。

ということですが、南部神楽の分類にはありますが、笛がついたり手次に印を結ぶ型が多用されているなど法印神楽に近い神楽団体です。

嵯峨立神楽さんは登米市東和町の団体で現在の代表者は小野寺高夫さんです。



さて演目の叢雲ですが、南部神楽では大蛇退治とか八岐大蛇とか呼びますが、叢雲という呼び名は嵯峨立神楽が法印神楽由来であることを示すものであります。

手名椎足名椎と櫛稲田姫命が登場し、大蛇に姫を捧げなければないないことを嘆きます

IMG_6999.jpg

そこへ通りかかる素戔嗚尊が大蛇退治を受けて立ちます

IMG_7009.jpg

大蛇が登場です。小袖などを被いで出て、振り回したり尊に投げつけたりするのは流神楽の特徴であり、法印神楽では吊るし大蛇でも表現されることがある。

そして、櫛稲田姫命が経文を読み折伏しようとしますが効果が無い

IMG_7014.jpg

ついに素戔嗚尊が出て、大蛇を八つ裂きにします。

IMG_7027.jpg

宝剣を取り上げ、大蛇の面を捧げます
IMG_7038.jpg

最後には櫛稲田姫命親子と素戔嗚尊が千代の御神楽を舞いますが、この部分は後に南部神楽に移行してから加えたものと思われます
最後に素戔嗚尊が払い手をして幕入りするのが流神楽といったかんじですが

IMG_7043.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2014.10.22 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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