2014.10.31 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

長下田神楽 葛の葉姫子別れの場 @第37回平野神社神楽大会

さて、一時中断していた登米市民俗芸能大会の見聞記事を再開します。

本日は長下田神楽さんの「一の谷合戦 首取りの場」を。

長下田神楽さんの由来について

明治26年(1893)、岩手県西磐井郡花泉町の上油田神楽の南部神楽師 佐藤和三郎を師匠に招き、五穀豊穣を祈願して「橋向神楽」として創設されましたが、その後、二つに分かれ、昭和24年(1949)池田清治を師匠に「長下田神楽」として継承され、現在に至っています。

とあります。現在の代表は猪股一雄さんです。



さて、葛の葉姫子別れの場ですが、奥浄瑠璃から派生した演目です。
安倍保名が明神様へ祈祷に詣でた際に、石川悪右衛門に追われた白狐を助け、そのせいで悪右衛門との修羅場で大怪我をします。
そして、生田の森で白狐が化けた上人と会います。

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上人は、自分の命があるのは保名のお陰と、恩返しのために自らの宿へと誘います。

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そして、保名と葛の葉が契を交わし、一人の男の子を授かります。
七歳になるまで、白狐は保名の子を育てますが、ある日、庭に咲く乱菊に見とれている間に思わず我が身の本身(狐の姿)を我が子に見られ、いたたまれなくなります。

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そこで、葛の葉は我が子と夫である保名にあてて文をしたためます。


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葛の葉が残した文を読み、我が子のことを訴える保名ですが、葛の葉は一度姿を著しただけで去っていきます。
この話は、浄瑠璃ばかりでなく祭文や瞽女唄、節談説教などの語り物に取り入れられて、殊にも農村部に渡りを行っていた芸能者によって伝えられたものと思われます。
特にも、自分が腹をいためた子と別れるという悲劇は幕藩時代以前には多くあったことであり、現在も尚ご婦人方の涙を誘う物語となっていると思います。

IMG_7382.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2014.10.31 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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