2014.09.30 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

雁舞道七福神 @ 安渡祭り 宵宮

さて、本日は大槌稲荷神社宵宮から雁舞道七福神を。

その前に、当日は大槌稲荷神社さんには午後5時頃到着した。
拝殿内ではご祈祷を受ける参拝客がいたので、私も遅ればせながら昇殿して十王舘禰宜様より慇懃にお祓いをしていただきました。おまけに権現様にも身固めまでしていただきすっかり祭りモードになりました。
とりあえず、今年はお神輿が出せて、何よりですね。



そして、雁舞道七福神の由来は「大槌町の郷土芸能」より

『アーなに舞か出そうだ。なに舞か出そうだ。なに舞、かに舞と囃しやれもうすもおしようす―』の唄い文句で始まる七福神舞は、明治の頃、大船渡市で踊り伝えられていたものを、大正の初め同市の師匠二人によつて気仙郡三陸町の佐々本長左衛門氏(当時8歳)宅を宿にして踊られていた。
この踊りはめでたい座敷踊りとして旧の小正月に、浜は大漁、陸は満作、そして家内安全を祈願して一戸一戸を門付けをして歩いた。
昭和14年、仕事の都合で釜石市に移り住んだ佐々木長左衛門氏は、東前青年会の依頼で子供たちに教えたのが東前七福神の始まりと言われている。
私ども雁舞道の七福神は、昭和28年当地区の青年連中のたっての希望により、発起人佐藤清太郎氏、小国仁右衛門氏、田代金三郎氏、野田得三氏(共に故人)の働きかけで同年9月に釜石市東前の師匠畠山隆男氏を招いて指導されたのが始まりで、踊りは座敷踊りであつたものを、テンポの速い囃子にアレンジし、雁舞道七福神として毎年9月の大槌稲荷神社や小鎚神社の例大祭、又結婚式等で男子小学生を主体として踊り継がれている。

子どもたちにる祝福芸として出発したであろうこの七福神も、一時期衰退したこともあった。
子どもたちを巡る環境も昔と変わりスポ少や部活などで踊り手がままならなくなったが、絶やしてはならないと尽力した方がいて、こんにちまで継承されてきた。

コミカルな動きと賑やかな囃子は浜の祭りの人気者でもあります。(特にご年配の皆さんには)

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蛭子三郎 めでたくも鯛を釣る

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七つで何事ないように で、毘沙門天

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蓬莱様と寿老人 個人的には七福神の中で一番好きですね

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最後にもう一度大黒舞が舞い納めます

 〽 トウで所の大黒舞!

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動画でどうぞ。

2014.09.30 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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