本郷神楽 御神楽 藤沢町 本郷の祭り てど
ここのところ諸般の事情でブログを更新できておりませんが、あんまし間を開けるとよくない(っつーか、動画のアップ方法も忘れるよな)ので、今日はちょこっと神楽を載せるっす!
ちょこっとシブイネタですが 一関市藤沢町の本郷神楽です
本郷神楽さんについて、阿部正瑩著「南部神楽系譜調査報告書」から
藤沢本郷には、古くから法印神楽が伝えられて来た。 明治一五年、浜横沢の加藤勇八が、西磐井郡厳美村の三輪流瑞山神楽を学び、保呂羽神楽を創設した。加藤勇八の弟子の佐藤留五郎は神楽に精進し、舞もすばらしく神楽の師匠となった。
大正二年、村社葉山神社の世話係の小野寺馬吉が世話人となり、佐藤留五郎を神楽の師匠として迎え、畠山一夫、熊谷八重治、千葉三郎、熊谷新吉等が舞手となり、葉山神社の代々神楽として、本郷神楽が復活された。
本郷神楽は、法印神楽の系統を生かし、サンヤ舞とも言われる山神舞、荒神、水神、明神、流転、天下り、八幡舞の七つの荒舞をも残している。 云々とある。
実は、位置的に布佐神楽や一関西部の瑞山神楽の緒元的神楽であるはずなのに今まで顧みられてこなかった神楽であります。
戦後の一関地方の文化を考えると、いわゆる一関が中心と説明しなければならないのでしょうが、神楽などの民俗芸能を考えるときには今の一関市の中心部をコアとするのではなく、それぞれの芸能の発祥の地を伝播の中心として考えていったほうがよいのではと思います。それは神楽ばかりでなく田植踊であったり鹿踊であったり、おいとこであったり、今一度そういったものに立ち返った時に真の世界遺産につながる一関市であるような気がします。
動画でどうぞ。
