復興 赤浜八幡神社祭典② 陸中弁天虎舞
今朝の最低気温が1度となり、通勤の国道4号線は濃霧に包まれた。寒いわけである、明日は立冬だ。
さて、本日は昨日の続きで大槌町赤浜に鎮座する八幡神社の祭典の続きを。
赤浜の仮設住宅の御旅所を出発して浜に降りてゆきます。
赤浜漁港に向けて大小二台のお神輿が据えられました。
このお神輿が八幡神社に寄贈された経過が「やっぺす!赤浜HP」に掲載されていますので引用します。
「これは、山梨県の富士川町長沢の日蓮宗善国寺(川名湛忍住職)より早川町のご協力のもと赤浜に贈られたものです。大小の御神輿は高さ1.5mと1mで、漆塗りの屋根と神殿の四方を囲む鳥居が特徴です。富士川町の大工だった斎藤文三さん(享年80歳)が作っていましたが、制作途中で亡くなり、譲り受けた善国寺が完成させ、早川町と大槌との縁で赤浜に贈られることになったとの事です。」
ということで、今年の7月14日にお神輿奉納式が盛大に行われました。
四代目酔虎会の幟を先頭に陸中弁天虎舞が祭場に入ってきます。
陸中弁天虎舞は、昭和49年に岡本大作氏(現 宗家)が赤浜の青年たちを集めて赤浜虎舞を結成されたということです。後に井上ひさしが吉里吉里人を著作したことから蓬莱島(ひょっこりひょうたん島)に和藤内の伊勢の御神符と吉里吉里善兵衛ゆかりの品を納め、これを契機に名称を陸中弁天虎舞と改めたということです。
山車は様々な支援を受けて、遠野市の宮大工さんが制作し、9月15日に旧赤浜小グランドでお披露目会を行ったそうです。
こうして一歩一歩祭の開催に向けて歩んできたことが偲ばれます。
だんだん雨脚がつよくなってきましたが、赤浜のみなさんが沢山集まってきました。
やっぱし虎舞は海が似合うな。
神輿が繰り出したかと思ったら漁港の海に入って行きました。
お神輿の潮垢離でしたが、みんな楽しそうに入って行きました。
神輿の担ぎ手も、虎舞も神様を奮い立たせるかのように冷たい海を練り歩きます。
こうして少しずつ、以前の風景が取り戻されてきていますが、この風景の向こうには6mの防潮堤と、嵩上げした11mの高さの道路ができるそうですが、その頃には赤浜の集落がどのように変わっているのか。
そんな思いで祭を見続けながら復興に関わっていけたらと思います。
「民意の復興計画 やっぺす!赤浜」HP をご参照ください。
動画でどうぞ。
