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2013.06.02 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

白浜神楽 楠公桜井の別れ

今日はさわやかな神楽日和という一日だった。
そして早苗振り大会のような第9回神楽共演石越大会に出かけて参りましたので、しばらくはこのリポートになります。

トップバッターは白浜神楽さんの楠公桜井の別れです。
白浜神楽さんの由来については定本より

「昭和四五年一月、栗原善三が庭元となり、宮城県栗原郡栗駒町、栗駒神楽佐藤佐吉師匠と花泉町大門神楽の菅原誠師匠の指導のもとに、白浜神楽を創設した。
初代庭元栗原善三で現在に至っている。」
とあります。現代の庭元は千葉良夫さんです。

さて、神楽が始まる前に千葉会長さんが会場にアナウンスしました。

「皆さん、目を閉じてください。そして思い出してくださいこの歌を。」
といっておもむろに歌い出しました。

青葉茂れる桜井の
里のわたりの夕まぐれ
木(こ)の下陰(したかげ)に駒とめて
世の行く末をつくづくと
忍ぶ鎧(よろい)の袖(そで)の上(え)に
散るは涙かはた露か



この歌は文部省唱歌として唄われた「桜井の訣別」で、戦前に尋常小学校を過ごした人たちには懐かしい歌とのことです。

後醍醐天皇を戴いた楠木正成が敗戦色の濃い中で、息子の正行(まさつら)に千早城を頼むと言い残して出陣するまでの話がこの演目の内容です。

息子の正行です。
楠公陣場の菊水紋の幔幕を背に名乗りを上げます。
ちなみに正成ゆかりの湊川神社の神紋も菊水紋です。

DSC01183.jpg

父と子の対面です。

DSC01195.jpg

正成は正行に菊水の短剣を形見として渡し、これを千早城にいる母親のもとへと届けよ、そして楠家の行く末と、皇室の隆盛を託します。

DSC01198.jpg

ところで、先の文部省唱歌であるが、戦後にGHQの政策で教科書から消された楽曲がたくさんあります。
その中の一曲がもの桜井の別れです。
日本人の心のありようとして受け継がれた唱歌を今一度復活させたいものです。(軍国主義は御免ですが)


動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2013.06.02 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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