気仙沼市唐桑 崎浜大漁唄込
本日は崎浜大漁唄い込みについて
当日プログラムより由来を
「崎浜大漁唄込みはその昔、帆を操り櫓櫂を頼りに漁に出ていた時代から現代に伝えられているもので、300年を超える歴史があると言われております。
通信手段のなかった昔は、陸で待つ家族の元へ大漁の喜びを、いち早<知らせるための連絡手段でもありました。
唄い手が身に纏っている着物は、大漁看板と申しまして、大漁の際に網元から頂戴したご褒美で、言うなれば海の男の勲章でもあります。海の男の心意気は大漁看板に染み付いており、海の男のロマンは唄の中にしっかりと息づいています。
それは海を愛し、海に感謝し、海に捧げる讃歌であり、豊饒の海から港入りする、漁師の凱旋歌なのです。」
とあります。 演じられる時期と場所は 旧暦6月15日の御崎神社(気仙沼市唐桑)
代表の方の話では、この唄い込みは今か340年前に紀州和歌山の新宮市宮崎から鰹漁とともに伝わったといいます。
唐桑では先の震災で大きな被害を受け、しばらくはこの唄をうたう気になれなかったと。
しかし、新宮市の漁師さんたちがいち早く救援物資を持って駆けつけた。(鮪を持って)
その恩に報いようと何かしなくてはと思った時にこの唄が自然と出てきた。
唐桑には「天運循環」という言葉が言い伝えられている。
これは、どんなに不漁がつづいても前の大漁から60年たてば必ずまた大漁があるという教えで、今回の震災から立ち上がり、必ずまた復興するのだという励みとしているそうです。
歌詞は崎浜大漁保存会のリーフレットより転載しました。
(前唄)さいとこ節
*ハアヘン∃―ヤッサ(ヘンヨーヤッサ)
ヘンヨーヤッサ(ヘンヨーヤッサ)
1、獲りだめてサー∃一イ こべりに水を
(ハーコリヤコリヤ) せかせるトーエ
※(サーエーエエトソーリヤ、サーハイリョウダーエ)i
*くり返し
この浦をサーヨーイ盛らせたまえ
(ハーコリャコリャ)御崎様トーエ
※ *くり返し
めでたいはサー∃―イさんめでたいは
(ハーコリャコリャ)重なるトーエ
※ *くり返し
(本唄)大謀網ご祝い唄
*ハア∃―イドコラサ(ハア∃―イドコラサ)
ハアヨーイドコラサ(ハアヨーイドコラサ)
1 ご祝い事は ※(エーニーエー、ヨーイドコラサ)
ハーアレ繁ければ∃一卜※くり返し
お局の松も※ ハーアレそよめくホーヨート※
*くり返し
2 そよめかば※ ハーアレお重ねなされや※
お枡でお金を※
ハーアレ五斗五升ホー∃―ド ※
*くり返し
3.おらが旦那様※ ハーアレ名高いお方よ※
大漁する網を※
ハーアレ建て持つホー∃―ド ※
*くり返し
4 めでたいは※ ハーアレ三つ重なれや※
扇のごとく※ ハーアレ末広くホーヨート※
*くり返し
5 港入りに※ ハーアレ白金黄金の※
櫓櫂の拍子で※ ハーアレ押込めホーヨート※
*くり返し
(本唄)鰹船沖合大漁ご祝唄
ハアユーイドハー(ハアユーィドハー)
ハアユーイドハー(ハアユーィドハー)
1 ご祝いは ※(ューイドハーュイド)
エーエヨ繁ければヨー※
ヤレお局の松も※
ヤレそよめくハハューィド※ハーュィド
2 そよめかば※
エーエ∃げにやどおりの※
ヤレ八帆で八石※
ヤレ枡とるハハユーイド※ハーュィド
3 めでたいは ※
エーエ∃さんめでたいは※
ヤレ重なるハハユーィド※ハーユイド
4 ※
つらつらとエーエ∃朝日のお出でに※
ヤレ大漁のしるしを※
ヤレ立てかけハハユーイド※ハーュィド
5 港入りに※
エーエ∃白金黄金の※
ヤレ櫓櫂の拍子で※
ヤレ押し込めハハューィド※ハーユィド
動画でどうぞ。
動画の冒頭に2007年の気仙沼祭りの際に鮪立大漁唄い込みが気仙沼湾内で唄い込みを行ったシーンを入れてあります。
