瀬台野神楽 悪魔祓い
昨日の1月27日に瀬台野神楽さんの権現様による悪魔祓いがあるというので再度出かけた。
例年は1月の第4日曜日に午前10時ごろから瀬台野交流館にて護符の擦り方をし、午後2時頃から農事実行組合の主催で権現様神事と新年交賀会が開かれた。
さて、この神事はもともとは正月の悪魔祓いで、神楽衆が猿田彦を先頭に権現様を奉じて村内の家々を門付して歩いたものである。
このことについて村上護郎著「南部神楽」に次のように記録されている。
「明治年間にこの地方に悪疫が流行って困った際、神楽面を全部かぶって病魔祓いの行列を作って地内をめぐったことがあって以来、正月17日に神楽面行列を行うことが年中行事となって、昭和33年まで続いたという。病魔退散の行列が終われば飲食はつきもので、そのため、面の破損がひどくなっていったとの事、現在残っている29の面も皆ひどくいたんでいる。そのため、部落中申し合わせてこの年中行事を昭和33年に中止し面を保管することにしたという。」
とある。
これらの面については、過日水沢図書館において保管されていることを橋本教授並びに県教委担当者・奥州市教委担当者立ち会いのもとで確認した。
後日、橋本教授の調べにより後藤淑教授が鑑定した結果が判明した。
後藤教授は著書「民間仮面史の基礎的研究」の中で、神楽面について詳細に記録した上で「瀬台野の神楽面は製作年のはっきりしたものはないが、江戸期のものがことごとくといってよかろう。形式的には中世的な部分を残すものもある。完成された能面、狂言面を真似たものが多い」と結論づけている。
また、権現様については日光院の家を継承している瀬川氏宅に保管されていることを現地確認し、猿田彦面については庭元宅に保管してあることが解明した。
これら神楽面については後日また掲載することにする。
さて、肝心の悪魔祓いである。
胆江地方では現在も羽田地区や江刺区内の神楽団体もしくは権現舞伝承団体により正月の門付が行われている。
が、水沢区内で悪魔祓いを続けているのは驚きに値する。
瀬台野地区では昭和33年以降中断していたが、平成になって原町・館・安久戸の3つの地区が一つの自治会になったこともあってこの神事を復活させたということです。しかしながら、門付をして歩くのは風紀に合わないとして、交流館での行事とした。
悪魔祓いの護符は百年程前から伝わるという版木に墨(往時は鍋釜の炭)を付けて半紙に刷って各戸に配る。
版木

護符は、竈神として台所に貼っておく。

祭壇の上部には権現様と神楽太鼓、前には猿田彦面と素戔嗚尊と白尉面が供えられている。

最初には神楽太鼓による打ち鳴らしで始まり、祝詞、玉串奉奠の神事の後、権現舞となる。

猿田彦が「悪魔祓い~、悪魔祓い~」と掛け声をかけ、行列を先導する。

獅子児が獅子とともに悪魔を祓う

最後は、頭固めで厄払い。

それにしても「この辺の風紀に合わない」から門付を断念したということだが、非常に残念である。
何が合わないのかよく理解できないが、地域のコミュニティの再構築こそが自立した社会を目指す道であり、奥州市が掲げる協動のまちづくりではないでしょうか。
神楽師さんたちの苦悩を思う時、今一度考え直さなければならないのではと思う。
動画でどうぞ。
