2012.11.30 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

前田鹿踊り 礼舞

今日は、「気仙郷土芸能まつり」から前田鹿踊りについて。

由来について


今に伝わる伝書及び由来書によると本吉郡入谷村の四郎兵衛の弟子の入谷村善九郎が貞亨年中(1684-1687)日頃市の金山に働きに来ていた際に田茂山内野の七右衛門と、猪川村前田の市兵衛に伝授したものと伝える。その後、市兵衛の弟十右衛門が伝授されて元禄年中(1688-1703)まで踊り、市兵衛の子の市郎兵衛、そのまた子の清右衛門が継承する。





この頃の腰差しは五色の幣であった清右衛門の子の市郎次の頃に石巻の五郎兵衛並びに水戸辺の市之助から指南を受けてからは、鹿頭、鹿角、後ろの九曜を背負い柳の指物など装束が改まったと言われる。

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何よりも、この鹿踊組は九人踊りであるのが特徴である。
本来は八鹿にリーダー役の坊主(和尚)が入ったのが行山流の始めだと思うが、現在は殆どの組が八人踊りである。
しかし前田鹿踊りでは小鹿を入れて九人踊りを守っている。これは古態を残した形と言える。

DSC01174.jpg

いづれ、浜では暴れん坊の異名を取る前田鹿踊りである。
震災後間もない頃大船渡の猪川で前田の鹿踊りがいち早く避難所で舞を披露した。
それを眺めていて、郷土芸能の根はどこにあるのかということを考えさせられたことを思い出す。
鹿踊りを舞うものもまた被災者であったし、見る側もそこを承知の上である。
単なる楽しみ事ではなく、けっして享楽でもなく、ひたすら地域の先達が脈々と伝えてきた事を当たり前のように伝えるだけである。これが難しいことだ。

DSC01213.jpg

動画でどうぞ。


テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2012.11.30 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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