南下幅念仏剣舞 奥州市郷土芸能の祭典
あしたで11月も終わり。新聞におまけの高嶋暦が入ってきた。
で、祭りの追っかけ必需品のビジネス手帳に旧暦を書き込んだ。(旧暦いりの手帳ってなかなかないもんだ)
えっ。なんか合わないって思ったら、閏年には3月が2回あるということがこの年(なんぼのものか?)になって初めて知った。
と、前置きが長くなったが
本日は3番目の南下幅念仏剣舞である。緊張して書くことにする。
この日の演目は二番庭と一人怒物(とっときもの)です。
日々の練習の大変さはここのメンバーさんのブログ「イマ、ココ、アシタ」で理解が深まります。
二番庭、
南下幅念仏剣舞の由来についてパンフレットより
「巻物園鏡傅によると、大同三年、出羽の国 羽黒山峰中権大僧都善光院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂にこもり念佛勤行をしている時、ある夜こつ然と二人の老翁が現れて「衆生済度の近道は舞踊の面白さを知らしめた上に導くことにある」と諭された。それに対し彼の法印は「しからば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて踊り始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。とあり、この踊りこそ念仏剣舞の始まりとされている。
以来絶やすことなく保存会を結成し伝承されている。胆沢区内では、八団体の剣舞が指定されているが、他の団体と比し一般的にテンポがゆったりしており、それだけ「力み」があると言われている。」
一人怒物(とっときもの)
念仏踊りを見ていていつも???と考えこむのがショウガの最後の「ニーシンダー」の意味である。
研究書籍や伝承団体のインタビューとかを見ても諸説あってイマイチ得心がこない。
インド語で『和平』を意味するニシュクダンとか、大悲心陀羅尼の尼心陀だとか、はてはニサッタとはアイヌ語で「明日」を意味するなんてのも・・・どなたかご教示願いたい。
ダイジェスト動画。
