南都田ふれあいまつり その2
10月30日に行われた、奥州市胆沢区南都田地区の公民館行事の続き。
2番目に登場したのは行山流都鳥鹿踊保存会の皆さんです。パンフからの団体紹介ですが
「伝来の経路については詳らかではありませんが、伊藤伴内(南三陸町志津川)の門弟のひとり行山清左衛門から伝わり、さらに寛政5年に平泉町の三代行水軒中津川清左衛門義胤から「行山流踊り」として伝授されたといわれ、以来今日までの永い間、多くの先輩達によって踊り継がれて来ました。」
とある。
私は鹿踊りを見る場合には、最初に装束が気になる。
中身で勝負はもちろんのことだが、幼少時期に見た鹿踊りの印象は装束が古びたイメージがあったため、現代のキリリとした装束をみるとホレボレするのである。(着飾れば良いという訳ではないが)
その点で、都鳥さんは非常に美しい装束だと思います。(衣装専属スタッフがおられるとも聞いたが)
前幕のはしごに小九曜紋ですが、太鼓の調べ隠しの九曜紋まで滝の水が流れるような美しさです。中立のみ赤の紋というのも秀でています。
で、この日の演目は「からがね」雌鹿隠し
装束の話に戻りますが、手甲というものは郷土芸能の多くで使われています。というより山伏から百姓まで普段使いの小物だったので、身近なおしゃれができる部分であったろうと思います。
その流れかのように、最近郷土芸能プレーヤーの女性軍で手甲に思い思いの装飾をすることが「はやってる」ようです。
ともあれ、この手甲の装飾(クジのような物をつけるか否かも)も見所なのかもしれません。
なんか今日は装束固定ぎみですが、
ナガシも気になるパーツではあります。
右のは「富士麓」とありますが、胆沢地方での富士麓は、ここと、金ヶ崎の永栄と佐倉河栃の木だけでしょうか?
動画は「からがね」の後半からご祝儀への返礼の「はなほめ」まで
