2017.07.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ虎舞

城山虎舞 @ 大槌町郷土芸能祭

さて、本日は大槌町郷土芸能祭から大トリの城山虎舞さんです。

城山虎舞は平成8年に釜石の尾崎町虎舞から指導を受けて、新しく結成された虎舞だということです。

平成13年に虎舞会館を建設し、活動拠点としていたが東日本大震災で道具もろとも流失した。
その後、支援を受けながら山車などを揃えながら復活。



城山虎舞さんは震災後いち早く様々な場面で虎舞を披露して、観るものに大槌に思いをはせるきっかけを作ってきたと思います。

この日のマスト屋上からは嵩上げした大槌町方地区にポツポツと新しい住宅が建ち始めているのが見えました。
今年の大槌祭りでは神輿巡幸とともに、大神楽や虎舞、鹿踊が新築の家々を門打ちして廻る光景が見られるかもしれません。

昔を思い出すな~ 飲み屋に乱入してくる虎に早く会いたい!

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遊び虎でお客さんにサービス

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手踊り 大漁唄い込み

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手踊り 俵積み唄

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動画でどうぞ。


テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.07.15 |

2017.07.13 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ虎舞

吉里吉里虎舞 @大槌町郷土芸能祭

さて本日は、大槌町郷土芸能祭から吉里吉里虎舞講中さんです。

由来について

「:約300年前の江戸時代、盛岡藩に海産物を手広く扱う前川善兵衛という豪商がおり、店が大槌町吉里吉里にあったことから吉里吉里善兵街と呼ばれた。
三代目善兵衛助友が千石船で江戸や大阪に繰り出し、交易に励んでいた頃、慶徳5年(1716年)江戸の竹本座で近松門左衛門の浄瑠璃「国姓爺合戦」の―説「千里ヶ竹」の大虎退治の場面に感動を受けた。
郷土に帰つた三代目、虎舞の頭を赤土で造り、踊りの振りや、笛・太鼓の囃子をつけ、現在の舞にしたといわれている。
虎頭は、善兵衛助友お抱え鍛冶屋(現在の三浦宅)に預けていたが、近所の北田、花道の両地区14軒の人達がこれを譲り受け宮内どん北田政彦さん宅に収め「国姓爺合戦」の中で大虎を退治する「千里ヶ竹」の場面を舞踊化し、笛と太鼓の囃子をつけて、今の様な虎舞にしたと言い伝えられている」

ということです。



タイトルにもあるとおり、吉里吉里虎舞は講中であり保存会ではないということです。
吉里吉里4丁目地区270戸中30戸が加入し、江戸時代からの伝承形態そのままということです。

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演目は、囃子のみの「散らし」、祭りで道行の際に賑やかに舞い踊る「通り舞」
そして、「庭使い」では笹で牙を磨く虎を表現し、その後、和藤内との戦いがあります。

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和藤内というのは正徳5年(1715)に近松門左衛門が人形浄瑠璃の作品として出した物を、大阪竹本座で初演し人気をはくしたものです。
中国の王朝・大明国が滅ぼされたことを受けて、かつての明の忠臣・鄭芝龍と日本人の妻との間に生まれた和藤内(わとうない)が、唐土に渡って国性爺鄭成功(こくせんやていせいこう)と名を改め、明国再興のため活躍するという壮大な物語です。

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和藤内が道中で猛々しい虎に出会った時に、伊勢神宮の神札をかざすと虎がおとなしく従ったということです。
虎舞のこの場面でも和藤内が天照皇大神の札を掲げていますが、吉里吉里に鎮座する天照御祖神社に奉納する虎舞であることも意味しています。

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2017.07.13 |

2016.12.08 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ虎舞

平田虎舞 @第7回全国虎舞フェスティバル

さて本日は、第7回全国虎舞フェスティバルから大トリの平田虎舞です。

この虎舞の伝承地は釜石市の南方の平田(へいた)地区で、ここに鎮座する館山神社の祭礼に奉納されてきました。
詳しい由来書等はないが、、尾崎、錦町の流れということです。
ここ平田は、旧藩時代は南部・伊達の境で御番所があった地域です。
南部藩沿岸部に分布する虎舞もここ平田と、藩境を越えて隣接する伊達藩領内の唐丹、大石、吉浜が南限になっています。



平田地区も先の震災では館山神社の麓にある町並みや漁港が壊滅的な被害を受け、少し高台になっている旧釜石商業高等学校跡地に大きな仮設団地ができ、そこで平田地区の皆さんが生活している。

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また、平田虎舞は、地区の岬に尾崎神社がある関係から、尾崎神社の秋季例祭 釜石祭りでも舞を奉納し、曳船も出します。

<写真は2003年の平田の曳船>

釜石祭04

この日の虎舞フェスティバルは、大分寒さが厳しく最後になると人波も引いた感じになりましたが。
今年は釜石祭り行けないでしまったが、来年は魚市場の本格創業と、浜町界隈の復興も進むことと思われますので、綿津見祭りから見物にいきたいと思います。

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2016.12.08 |

2016.12.07 | Comments(2) | Trackback(0) | カテゴリ虎舞

平磯虎舞 @ 第7回全国虎舞フェスティバル

さて本日は、第7回全国虎舞フェスティバルから招待団体で宮城県気仙沼市(旧本吉町の平磯地区)の平磯虎舞です。

平磯虎舞の発祥は天保時代に遡るという。
出漁祈願、大漁豊作家内安全を祈願して鎮守の須賀神社祭礼に踊られてきたという。



明治30年代頃、地元日門の大原清松という人が、岩手県方面から習い覚えたものを基礎として創意工夫を凝らして「通り囃子」「剣囃子」「おかざき」等の囃子に虎舞を組み合わせて完成したという。
 
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虎のしぐさに細かい芸が有り、演技の際に台に上って虎舞をする等、豪壮な雰囲気もある。

平磯虎舞は別名「月見の虎」よ呼ばれ、旧暦3月15日に平磯地区にある手長山に住む虎が、日門海岸に降りてきて、煌々と照らされる海岸で踊り、眠り込んでしまう。そこにウサギがやってきて眠っている虎を起こし、また山に帰っていくというものである。

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先の震災による人的被害はなかったものの、道具を置いていた集会所が被災し、太鼓が大小合わせ5張、法被、虎頭(昭和35
年から使用)、虎の皮が津波で流出した。また、元々の練習場所となっていた集会所(日門コミュニティセンター)も流出したという。

しかし、震災の年の初盆を迎えた8月14日、震災に負けない漁師町の心意気を示すかのように平磯復興祭で復活した。

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2016.12.07 |

2016.12.06 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ虎舞

錦町虎舞 @第7回全国虎舞フェスティバル

さて本日は、第7回全国虎舞フェスティバルから釜石市の錦町虎舞です。

錦町虎舞は尾崎神社の門前町である澤村の虎舞で元禄12年に尾崎神社の遥拝殿が造営された時にも奉納されたいう記録がある。
片岸虎舞からの流れというが、古風な重厚さを持っている。



ここで、ちょっと昔の写真
1999年のお祭りです。
尾崎町から東前にかけて門打ちして歩く錦町の屋台です。
緑と赤の屋台の色使いが何とも唐風って感じでいい雰囲気です。

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こちらは錦町の曳船です。
船上で虎舞も奉納されますが、入港時には御祝も歌われます。

釜石祭03

錦町の虎頭は、古くは権現頭を虎様に彫刻したものを使用していたという。
大正期に門前住人の藤沢高一氏により張り子での頭を制作し、よりリアルな虎頭となったそうだ。

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頭が軽くなった分、振り付けや跳ね回る踊りも大きくダイナミックになったということだ。

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錦町虎舞は、虎舞の他に刺し鳥舞、狐狩り、おかめ漫才、御祝それに甚句等も中踊りとして保持していて祭りの門付けや祝いの席等で賑やかに囃される。

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2016.12.06 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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