2017.12.08 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ田植踊り

三ヶ尻座敷田植踊 @ 第37回金ケ崎町郷土芸能発表大会

さて本日は、第37回金ケ崎町郷土芸能発表大会から、三ヶ尻座敷田植踊です。

金ケ崎町内には庭田植と座敷田植の双方ありますが、金ケ崎での座敷田植のルーツは三ヶ尻とされています。
文政三年生まれの菊地伝三郎が何処から踊りを習得して広めたかは不明であるが、その踊りの構成などから仙台市周辺かと推量される。

昭和44年に三ヶ尻芸能保存会が発足し、現代表は鈴木美登里さんです。



三ヶ尻座敷田植の特長は、踊りの構成が二段階に分かれていて、前段は種蒔き舞という田植作業の物真似となっていて、後半は早乙女の手踊となっている。この日は後段の早乙女の踊りのみの上演でした。

IMG_9153_20171208215411930.jpg

踊りの演目は手振り、一本木、二本木、仙台田植、銭太鼓、代洗いと、やはり仙台方面の流れであることがわかります。

IMG_9154.jpg

の振り袖の女の子が扇や銭太鼓を持って踊る形式はこの日ゲスト出演した秋保の湯元田植踊との近似性があるばかりでなく、かつては三ヶ尻田植踊でも褒め言葉に返し言葉があったという驚くべきことがわかりました。

褒め言葉

東西東西シン暫くの間鳴りを鎮めて穏やかに穏やかに
東の果ての小野郎娘がヒョヒョラヒョット出まして
褒める様とて知らねども 三杯酒に浮かされて チョットばかり誉め申す
一に頭取 ニに笛太鼓 三に三味線 小拍子までも誉め申す
中に立ちたるおん早乙女花にたとえて申すなら
牡丹 芍薬 ケシの花 枝垂れ桜か八重桜 いずれ劣らぬ杜若と敬って誉め申す

返し言葉

誰彼様やら誰彼様やら おん大勢の中よりも 我らようなるやつがれ共
ごひいきとあってお褒め言葉 下しおかれまする段 庭元 頭取は申すに及ばず
総座中こぞりまして誠に有り難き仕合せに存じ奉り候
就きましては御膝元までまかり出 色々御礼申し上ぐべきの所
ごらんのとおり 田植多忙の折なれば 御礼の儀はこれにてお許し願います。
                                      (金ヶ崎の民俗芸能 より)

IMG_9162.jpg

またこの日は無かった演目に「けまし」というものがあり、その歌詞に
〽 どこよりも おもしろや 豊間殿が在所
という部分があるが、これは登米のことではないか。

また三ケ尻から伝授されたと推量される北方座敷田植の扇踊りの歌詞には
〽 吉岡の七つが森に さても見よい森かな このや森に 蕨を折るのは 人の娘か
という部分がある。こちらは黒川郡大和町の吉岡のことと思われる。


創始したと伝えられる菊地伝三郎が何処から習得したかは分からないが、今後も秋保の方との交流する中で明らかになってくることもあるのかもしれない。

IMG_9165_201712082154165da.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.12.08 |

2017.12.04 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ田植踊り

坂水庭田植踊 @ 第37回金ケ崎町郷土芸能発表大会

さて本日は第37回金ケ崎町郷土芸能発表大会から坂水庭田植踊です。

金ケ崎町内には田植踊のうち座敷田植と庭田植の双方が伝承されています。
庭田植は坂水が現在も行われているがかつては上永沢にもあり、坂水は上永沢から昭和23年正月に伝授されて始まったということです。
その上永沢のは伝承経路が不明とされていますが、エンブリや弥十郎が進行役を務め、羯鼓太鼓の早乙女と毛槍を持った奴がつく構成などから胆沢型の田植踊であることは明確なので、地理的にも胆沢川を挟んで対岸にあたる都鳥-永徳寺-永沢-坂水といったラインが推測されます。(あくまでも私見ですが)



初代庭元は小関朝巳で坂水講中として組織されて始まったが数年で中断した。
その後、昭和46年に復活し、昭和52年から金ヶ崎西小学校の児童に指導して今日に至っている。

<羯鼓>

IMG_9052.jpg

伝承演目は24あるが西小学校では8演目(*印)を修得している。

朝捗(*)、お正月、田の神(*)、向山、今日の日、草刈り、宿鎌倉(*)、挽臼ひき、つんばくら、米つき、お蔵納め、どこやより、上方、膝立、黒川、宿西谷舘、それ西谷舘、それ鎌倉、宿朝捗、夕暮(*)、入込(*)、今年の年(*)、奴でヨイワサ(*)、サアサアサア(*)

<奴>

IMG_9047.jpg

田植えの口上は、エンブリと弥十郎が述べて、次の踊り演目の紹介をする。

IMG_9055.jpg

ところで残念なことに、西小学校での伝承活動は今年度限りということです。
これまで長年指導にあたった方が高齢になったためその任を果たせないと辞退したことによるそうです。

既に大人の伝承が途絶えていたために、来年からの活動が危ぶまれます。
小学校で踊った青年達の活動を期待しています。

IMG_9060.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.12.04 |

2017.10.01 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ田植踊り

出店田植踊 「新田植之舞」 @ 第51回胆沢郷土芸能まつり

さて、本日は第51回胆沢郷土芸能まつりから出店(でだな)田植踊さんの新田植之舞についてです。

その前に出店田植踊さんの由来について

文政7年(1824)旧小正月に堀切(現小山地区)横屋の田植踊の師匠、萬吉氏から若柳村(現若柳地区)出店中西屋敷の五郎七に伝授された。その後、終戦後の一時期(昭和30年代)に女田植として継承を守っていたが一時中断。
その後、再興され現在まで続いている」

現在の代表は谷木幹典さんです。



この日の演目の新田植之舞は「本田植の舞」に対するものということです。
「ほまづ田」といって、昔は大百姓の年寄りたちが自分だけの水田をもっていたが、その「ほまづ田」のための田植踊のことを「新田植之舞」としているようです。更に、さかのぼれば江戸時代本田に対して開墾された水田を新田と呼んで区別していました。この新田のための田植踊のことでもあります。

IMG_6696.jpg

入り込みから整列が終わると

杁摺りが口上をあげます

〽 やれやれ弥十郎や これよりおわこう様のほまづ田とて五十枚の田を植えてくれや

出店田植踊では、杁摺りのことを「歌読」と呼んでいます

IMG_6683_201709301400141d6.jpg

それに呼応して野十郎が掛け声をかけて踊りが始まります

IMG_6684.jpg

胆沢型田植え踊りの特徴といえるのが、踊り手の羯鼓と奴である。

羯鼓は、黄色の頬かむりに法被と裁付袴で、左手に羯鼓、右手に撥を持って、軽やかに羯鼓を打ちながら踊る。
昔は少年の役だったというが、正に田楽といった趣がある。

IMG_6686.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.10.01 |

2017.03.27 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ田植踊り

出店田植踊 新田植之舞@第50回胆沢郷土芸能まつり

さて、本日は第50回胆沢郷土芸能まつりから出店(でだな)田植踊さんの新田植之舞についてです。

その前に出店田植踊さんの由来について

文政7年(1824)旧小正月に堀切(現小山地区)横屋の田植踊の師匠、萬吉氏から若柳村(現若柳地区)出店中西屋敷の五郎七に伝授された。その後、終戦後の一時期(昭和30年代)に女田植として継承を守っていたが一時中断。
その後、再興され現在まで続いている」

現在の代表は谷木幹典さんです。



この日の演目の新田植之舞は「本田植の舞」に対するものということです。
「ほまづ田」といって、昔は大百姓の年寄りたちが自分だけの水田をもっていたが、その「ほまづ田」のための田植踊のことを「新田植之舞」としているようです。更に、さかのぼれば江戸時代本田に対して開墾された水田を新田と呼んで区別していました。この新田のための田植踊のことでもあります。

入り込みから整列が終わると

杁摺りが口上をあげます

〽 やれやれ弥十郎や これよりおわこう様のほまづ田とて五十枚の田を植えてくれや

IMG_2168.jpg

胆沢型田植え踊りの特徴といえるのが、踊り手の羯鼓と奴である。

奴は法被に裁付袴という出で立ちで右手に鳥毛を持つが、これは早苗を表しているという。つまり田植えの早乙女ということらしいが、それよりは大名行列の奴の毛槍振りの所作に近い。こういった構成は、胆沢田植踊の嚆矢といえる都鳥田植踊の祖千田美濃が元葛西氏の臣で上衣川落合舘城主であったことも関わりがありそうだ。

IMG_2164_20170327205035fdc.jpg


羯鼓は、黄色の頬かむりに法被と裁付袴で、左手に羯鼓、右手に撥を持って、軽やかに羯鼓を打ちながら踊る。
昔は少年の役だったというが、正に田楽といった趣がある。

IMG_2171.jpg

動画でどうぞ。


テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.03.27 |

2017.01.30 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ田植踊り

白山子ども百姓踊り@ 前沢郷土芸能祭

さて本日は、前沢郷土芸能祭から白山(しらやま)子ども百姓踊りです。座敷田植踊りです。

これは、平成26年3月に学校統合で閉校になった白山小学校において、平成3年から取り組まれていたものです。
水沢農業高校民俗舞踊同好会から指導を受け小学生用にアレンジしたものということです。



現在は、白山地区振興会で活動を引き受け、「白山子ども百姓踊り運営協議会」を設立して白山地区の子供達に伝承を続けているということです。
白山地区の皆さんも実に熱心です。
平成3年から続けているということは、白山地区の30代以下の皆さんは誰でも田植踊ができるということですね。

IMG_0087.jpg

白山子ども百姓踊りの元となった水農田植踊は、花巻市東和町の立石百姓踊からの伝習ということです。

白山子ども百姓踊りは、稲作農事を踊りで再現したもので、演目は次のとおり。

・畔塗り ・田起こし ・肥料振り ・代掻き ・苗運び ・田植 ・草刈り ・かかしと雀 ・稲刈り ・コビル ・脱穀 ・俵運び

かかしと雀が小学生らしくていい感じをだしています。

IMG_0101.jpg

この日は小学3年生10人が頑張って踊ってくれました。
日本の農村風景では既に廃絶(?)となった人力による農作業ですが、こういった形で伝えていくことは大変意義深いことです。


IMG_0103.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.01.30 |

«  | ホーム |  »

プロフィール

祭りの追っかけ

Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

カレンダー

01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -