2017.12.10 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

六原鬼剣舞 二番庭 他@ 第37回金ケ崎町郷土芸能発表大会

さて本日は、第37回金ケ崎町郷土芸能発表大会から最後の演目、六原鬼剣舞で二番庭、刀剣舞の狂い、一人加護です。

六原鬼剣舞は大正年間に胆沢郡相去村六原の上ノ町、二ノ町を中心に結束して、大正7年に岩崎鬼剣舞の小田島善吉及び八重樫源吉の指導により成立したとある。
更に昭和15年に町指定の文化財となった。



六原鬼剣舞はjk元の二ツ森稲荷神社の例大祭に奉納を続けてきた経緯があり、そのほかにも地区内での上演をに努めている。

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ところで、「金ヶ崎の民俗芸能 金ヶ崎町郷土芸能保存会創立三十周年記念誌」に西根建野の高橋繁雄氏所蔵の「剣舞目録」について記載があります。
その中で、剣舞大事として剣舞の舞い方のようなことが書いてありますが、これは正に法印神楽の如しです。
列挙すると、
クツヌキ、遠声、早念佛、讃とここまでは念佛踊りになっていますが、その後に所作説明のようなことが書いてありますが、ここが法印神楽の手次本と同じです。
嶋廻、四方堅、後生楽、九曜ノ足、寄虎、三ノ足、天地の礼、遍閇、游虎、花米、四方払、和合游、後生楽、摩追切、狂言、悪魔払いとあります。

剣舞も法印神楽も、修験者が創作したものといわれるため、双方の根源は同じであるのは当然のことではあります。

同書の最後にはこうあります。

舞了して天下泰平国家安全の拍子を打ち鳴らす まことにめでたく相治まるところなり と。

念仏供養のみならず、諸願成就を祈念しての祈祷舞ということになる。

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六原鬼剣舞では、継承者育成にも力を入れていて、毎年子どもたちの活躍が見られます。
この日も堂々とした刀剣舞の狂いを見せてくれました。

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最後は白面で力強い一人加護です。

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動画でどうぞ。


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2017.12.10 |

2017.12.06 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

平泉流細野念仏剣舞 @ 第37回金ケ崎町郷土芸能発表大会

さて本日は、第37回金ケ崎町郷土芸能発表大会から平泉流細野念仏剣舞です。
演目は入込み、早念仏、讃、神楽拍子の順でした。

細野念仏剣舞の由来については金ヶ崎町の民俗芸能誌他より

平泉の藤原泰衡が源九郎義経を討った後、亡魂が高館や猫魔が渕に現れ人々を悩ませていたので、中尊寺では七日七夜山王神社に祈祷した所、一匹の猿が現れ亡魂に混じって面白おかしく踊りだしたという。
これを見ていた亡魂が一緒に踊っているうちに済度されたということが念仏剣舞の濫觴と言われている。
永徳三年(1383)七月、平泉高館に住んでいた剣舞の師匠、弥左衛門がこの剣舞を中興し、正長元年(1428)5月、高館駄一郎が南部の立花(北上市)に伝えた。
永岡村に伝わったのは明応三年(1494)6月であるとされる。

ということです。

現在の代表は高橋定幸さんです。



平泉流渡渉していますが、現在の芸態装束を見る限りは胆沢経由の念仏剣舞です。
金ヶ崎町の民俗芸能誌の中でも「胆沢町の朴の木沢念仏剣舞の伝承と同じ」と書いてあるとおりと思います。

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ところで細野念仏剣舞は、胸当にもあるとおり女剣舞として名声を博した時期がありました。
それは昭和13年に始まる支那事変、それに打ち続く戦争に部落の男たちが招集されて男手の無い中で祖霊を鎮めるための剣舞をなんとしても続けなければという思いで、後に残った女性たちが剣舞を伝承してきたことに基づきます。

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しかしながら、少子高齢化の現在にあって「このままでは剣舞が廃れてしまう」と考えておなご剣舞の皆さんが話し合った結果、子供たちに伝承していこうという機運が盛り上がりました。

そして、永岡地区内の子供たちに呼びかけて新たな伝承活動に取り組んでいます。

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動画でどうぞ。


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2017.12.06 |

2017.11.23 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

末角笠踊り 初庭 @第45回川井郷土芸能祭

さて本日は、第45回川井郷土芸能祭から末角笠踊りについてです。

旧南部藩領内には神楽や念仏剣舞から派生した芸能が数多く受け継がれてきています。
その中でも、刀や長刀、弓等を持って輪踊りする採物踊りが好まれて、七つ踊り等に取り入れたりしている。

ここ川井地方でも、剣舞や御戸入り、笠踊り、八尺舞等で採物舞が勇壮な形で表現されている。

それと、川井地方の芸能の特徴が太鼓です。

饅頭笠を深々と被り、着流しに袴を履いて、踊りながら太鼓を打ちます。
鹿踊でも、鹿と対になって踊る様はまさに圧巻です。
太鼓だけ見ていても充分に楽しめます。



さて、末角笠踊りは、旧小国村の末角に伝承される盆の芸能です。
由来について

「言い伝えによると、戦から帰ってきた兵士を迎えた踊りとされている。
勇壮な刀や長刀を持った若者に続いて笠をかぶった女性的な踊りの子が続くことから笠踊りと言われている。
混乱と物資不足で戦争前後から途絶えていたが、昭和63年に地域に復活の強い機運が盛り上がり、40年ぶりに再開された。」

ということです。現在の代表者は八重樫仁さんです。

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末角笠踊りは、お盆に大圓寺で踊られる他、賀茂神社の祭りでも奉納されているという。
女の子たちの笠踊りは、そのまま大念仏の供養踊りの態です。
まさに念仏剣舞の流れといえそうです。

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かつては旧小国村の大仁田にも同様の剣舞があり、その唄の内容が舎利経文であったという。

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お盆の夕暮れ時に笛太鼓とともに笠踊りの一団が集落の家々を巡る様は、正に祖霊供養とともに、秋の実りを祈る一時であったことが偲ばれます。

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動画でどうぞ。

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2017.11.23 |

2017.11.18 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

田代念佛剣舞 二十七、高舘 @第45回川井郷土芸能祭

さて、本日は第45回川井郷土芸能祭から田代念佛剣舞で 二十七、高舘です。

その前に、田代念佛剣舞について、岩手県民俗芸能誌から参照します。

「旧門馬村(現宮古市門馬)の田代に伝承され、阿修羅踊りとも称している。
田代の去石部落の去石仙仁門が仙台の七北田に酒稼ぎに行っていた間に習い覚えて巻物を授与されたと言われているが、踊りの方はむしろ青森県の剣舞に似ている。」

とあります。起源は文化年間(1804~1817)と伝えられている。

現在の保存会は25人で胴取2人、鉦2人、笛2人とその他は踊り子となっていて、代表は黒澤良一さんです。




この日の最初に演じた二十七は長い間上演したことのない演目で、今回は先代の代表黒澤勝志さんから引き継いて復演したという貴重なものです。

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田代念仏剣舞は毎年お盆に「南無阿弥陀仏」と刻した念佛供養碑の前で踊った後に庭元宅で踊り、その後は初盆の家々を回向して踊る。

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最後には松草部落の盛越家で巻物開きを行うしきたりになっているということです。

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高舘の演目では、薙刀を持って打ち合う場面を表現し、平泉落城の際の怨霊慰撫の剣舞になっています。

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田代念佛剣舞では最後に、舞い込んだ家への答礼として花踊りのようなものをします。
これが華やかかつキリッとした完結感があって非常に好感が持てます。

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動画でどうぞ。

2017.11.18 |

2017.11.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

江繋剣舞 薙刀舞、刀の舞 @ 第45回川井郷土芸能祭

さて、本日は第45回川井郷土芸能祭から江繋剣舞で 薙刀舞、刀の舞 です。

旧川井村にはかつて9つの剣舞組が在ったということですが、現在も活動しているのは岡村、川内、田代とこの江繋の4つだとうことです。
その系譜は概して2系統があると推量される。(確かな伝書がないということですが)
1つは明治初頭に仙台七北田に出稼ぎに行っていた者が踊りを持ち帰ったという田代念仏剣舞の流れで、岡村、平津戸、大畑に伝承されている。
今一つが、現盛岡市の大ケ生念仏剣舞を祖とする系統。
大ケ生から同盛岡市の梁川に伝わったのが川井の川内に伝承され、その後に古田、上川井、桐内と伝わり、そして桐内から昭和30年に江繋に伝えられたと思われます。

現在の代表は石曽根厚志さんです。
構成は、太鼓2、手平鉦2、笛1、舞手が20人程です。

庭入りは何故か太鼓が後ろ向きで入ってきます。
この由来は不明ですが、念仏回向を上げるという剣舞だけに、盆の供養の為に他家に出入りする場合は「常」の入り方とは別にするしきたりなのであろうかと思ったりもします。というか、後ろ向きに入ってくるのがカッコイイですね。




庭入りは、太鼓、手平鉦、舞手の順で輪を作って入り込みます。
最初の薙刀舞は、鉦摺りの軽快な跳ね方に釣られるように薙刀を持った踊り手が輪に沿って踊ります。

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拍子が変わると二人一対になりながら踊ります。

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次に刀の舞になります。
隊列を整え、踊り手が蹲踞の状態から、先頭から二人づつ順に繰り出します。

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平泉の高館物怪から端を発したであろう念仏剣舞が陸路にして100km離れたこの地へ伝播するまで幾多の変遷があったと思われますが、諸霊を慰め鎮めるという庶民の願いは同じということを実感させられます。

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動画でどうぞ。

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2017.11.15 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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