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2021.05.08 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

青笹しし踊り@2021遠野さくら祭り

さて本日は、2021年4月29日に行なわれた遠野さくら祭りから青笹しし踊りです。

昨年はコロナ禍ということで遠野の幕ししは一部を覗いてほとんどお目にかかれませんでした。

それだけにこの日のさくら祭りは大変楽しみにしていました。

生憎の雨降りでしたが、太鼓笛を響かせて庭入り



由来については遠野文化研究センター刊「遠野の郷土芸能」より

「慶長初年(一五九六年頃)、遠野郷領主·阿曽沼氏時代に伝来したしし踊り(山城国松尾山奥からという)に、郷民の間で、親しまれていた農民の豊年踊り、それに山岳信仰の所産ともいえる山伏神楽の山神踊りが合体し「しし踊り」を構成したといわれている。その由来は諸説があり、明らかではないが、寛政三年(一七九一)七月新田市良右工門と、その門弟佐々木の治良八(中妻)、安戸の七良、四日市の伝八などによって陸中遠野郷の諸村(小友、青笹、上郷、附馬牛、綾織、松崎)に伝えられたことを記した古文書が残っている。
土淵町飯豊に「踊り嘉兵工」(享 保十五年(一七三〇))の墓がある。青笹しし踊りに統合された糠前しし踊りの基礎を築いた優れた師匠で、踊り納めの際に踊りを奉納している。」ということです。

昭和39年に青笹町内にあった糠前、中下、中沢の三しし踊りが統合して遠野郷青笹町しし踊り保存会が結成された。

昭和53年には、文化庁から「記録作成等の措置を講ずべき無形民俗文化財」として選択されています。

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庭誉め

〽 参り来て これのお庭を見申せば 四方四角 ます形の庭

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膝立入羽、山の神入羽、まわり入羽

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種フクベと刀振り、中太鼓、子踊りによるケショウ踊り

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久しぶりに見る柱掛かりの一本掛かり  シシ五頭が踊ると迫力ある

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柱掛かりは種ふくべとシシの狂い踊り的な演目
田畑の作物を荒らすシシを人間が追い払う様が表現され、五穀豊穣を祈願する踊りということです。

〽 この庭に にほひ柱の立つときは 角をみがき 若くならむや 若くならむや

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最後は小切で踊り納め 引き羽で退場   眼福!

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2021.05.08 |

2021.04.27 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

行山流口内鹿踊「一番庭」@2021北上展勝地桜祭り民俗芸能公演

さて本日からは、2021年4月24日に行なわれた北上展勝地桜祭り民俗芸能公演から行山流口内鹿踊で一番庭です。

先週から始まった民俗芸能公演ですが、この日は大変良い天気でした。
満開の桜も散り始めていて、その下で踊る鹿踊は正に鹿歌の如し。
〽 春駒は庭の桜に繋がれて 駒が勇めば花が散り候

その前に行山流口内鹿踊の由来について

口内鹿踊の伝書によれば
「文化11年(1814)に江刺郡稲瀬村上門岡杉沢屋敷(現 北上市稲瀬町上門岡)の六郎治から、上口内村草刈場の市太郎に伝授」したとあります。その後、一時中断したものの昭和47年から熊谷保等の指導により、昭和51年に免許相伝を受けているということですが、この上門岡鹿踊は相去から伝承した金津流でした。

ところが、口内は安永二年(1773)に行山流大原山口系から行山流を伝授(東北民俗P81H29.8刊)されている。
鹿頭の後ろに行山の文字が入っています。されど、やはり金津流も混じっているような。



伝書によると口内鹿踊に伝承される演目は、一番庭(礼庭)、二番庭(中庭)、三番庭(鉄砲踊り)、女鹿子狂い、案山子、岩崩、露ばみ、中山狂、春駒狂、土佐 となっている。

それにしても、鹿踊には茅葺き民家がよく似合う。

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三人狂い

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足の甲を返しながら踊る型も難しい

〽 春日野に春駒群れてつんめを揃えて
   遊べ我が連れ 遊べ我が連れ

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2021.04.27 |

2021.04.05 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

春風にカンナガラが舞う 綾織しし踊り

4月3日に遠野市にある道の駅「遠野風の丘」がリニューアルオープンしたということで春風に誘われるままに出かけてきました。

「風の丘」は道の駅の中でも、特に地域活性化に貢献している「全国モデル」6カ所の一つに選ばれていて、東日本大震災後は沿岸被災地への後方支援の拠点ともなった。
しかしながら釜石自動車道が全線開通となった後は何となく客足が遠のいていた感じがありました。

何はともあれ、遠野市の観光交流拠点であることには変わりはないので、これからも足繁く通うことになると思います。



ということで、本日はそのオープニングイベントを飾った綾織しし踊りについてです。

由来は、綾織町中宿の金成という屋号の家の先祖が、宮城県栗原郡金成村のしし踊りを伝えたとの言い伝えがある。かつては中宿集落だけで踊っていたので中宿しし踊りと呼ばれていた。

伝承する演目は、飛び拍子、膝だい、中切り、雌鹿ぐれえ、柱がかり、小切り、引き葉、それに儀礼の投げ草がある。

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綾織しし踊りは、遠野市綾織町の中宿、日影集落を中心に伝承されていたが、昭和3年に砂子沢集落でも習得して2組になった。
その後、昭和37年に綾織しし踊り保存会を結成する際に両組が一つになって伝承されているということです。

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柱がかり 力入るね~

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昨年来のコロナ禍で、遠野の幕獅子にはトンとお目にかかれずにいましたが、久しぶりに見ることができて感動しごく。

この日は、遠野駅前でも上柳しし踊りも出演していたそうなので、ようやく遠野の獅子たちも動き出したなという感じです。
遠野春祭りが楽しみです。

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2021.04.05 |

2021.03.12 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

行山流都鳥鹿踊「唐金」@2021胆沢郷土芸能まつり

さて本日は、2021年3月7日に行なわれた胆沢郷土芸能まつりから行山流都鳥鹿踊で唐金です。

行山流都鳥鹿踊の由来について、

「伊藤伴内(南三陸町志津川)の門弟のひとり行山清左衛門から伝わり、さらに寛政5年に平泉町の三代行水軒中津川清左衛門義胤から「行山流踊り」として伝授されたといわれ、以来今日までの永い間、多くの先輩達によって踊り継がれて来ました。」

とあります。

胆沢のしし踊りには三つの系統があるといわれ、行山四郎兵衛を元祖とする(胆沢区)徳岡経由と(一関市厳美町)山谷経由のものと、行山清左衛門を元祖とする平泉の達谷窟経由のものとがあるという。
都鳥鹿踊は平泉の達谷窟経由の麓行山躍で、同じく胆沢の供養塚鹿踊とともに水沢栃ノ木や金ケ崎細野・北方・御免等に伝承している。

現在の代表は高橋勇人さんで、メンバー12人の中には胆沢区以外の出身者や女性も加入しているということです。



唐金(からかね)は、一頭の狂い鹿から牝鹿を守ろうとする二匹の側鹿との三つ巴の戦いの勇壮な踊りで、悪魔退散の踊りとも言われています。

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三頭の激しい応酬が続きますが、相当体力を使うと思います。

〽 からかねは 天に昇りて刃をつけて 松にからまる蔦を打たばや

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苦闘の末に、牡鹿と牝鹿が安らかに結ばれたことで、平和安穏が訪れたことを芸能を見る側も感得するもと推察する。
これこそが悪魔退散の踊りの真骨頂といえよう。

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2021.03.12 |

2021.03.01 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

富士麓行山細野鹿踊「一番庭」@2021平泉・奥州・金ケ崎 福興舞

さて本日は、2021年2月21日に奥州市水沢横町のメイプル西館で行なわれた平泉・奥州・金ケ崎福興舞から富士麓行山細野鹿踊
で一番庭です。
細野鹿踊を拝見するのは3年ぶりでした。

由来について「行山流鹿踊」(及川宏幸氏著)より抜粋

細野鹿踊の系譜は不明とするが、明治末頃に上永沢から伝授された。
系統は衣川古洞⇒胆沢町小山笹間⇒上永沢⇒細野と伝わったと想定される。
昭和32年頃から復活し、昭和54年に再び復活した。

とあります。(千貫石⇒永徳寺⇒上永沢という説もあるが)

富士麓行山流というのは、富士麓行山獅子踊之秘巻によれば、慶安二年(1649)七月に、駿河の飛鳥川常利が富士山麓で遊ぶ鹿を見て始めたという鹿踊を、三つの流派に分けて伝授したという。
すなわち、麓行山の踊りを小川利春に、流行山の踊りを青田利久に、そして源行山の踊りを石亀利具に伝授した。
そして仙台領本吉郡水戸部村の伊藤伴内持遠が行山流を広く伝授し、その弟子・入谷村の四郎兵衛から伊達領内に伝承されたものの内の一系統になる。

行山流の巻物にある鹿踊の絵を見ると、権現頭に刳り貫き太鼓をつけ、背中にはササラが無い代わりに五行幣らしきものを刺している。

この細野の出で立ちを見ると、頭は鹿というよりも正に権現頭に近く、しかも背中には五行色の布を下げている。



この一番庭は、様々な要素が入った展開がおもしろくて見応えがあります。

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後半で激しく狂い踊りが展開される様は、正しく獣性を現すが如くです。

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2021.03.01 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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