2017.12.22 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

増沢寿舞 @江刺民俗芸能フェスティバル2017

さて本日は、江刺民俗芸能フェスティバル2017から最後の演目、増沢寿舞です。

奥州市江刺区増沢では、神楽や鹿踊等の伝承を増沢郷土芸能保存会として継承活動しているのが特色です。
なので、増沢地区の人達がそれぞれ別の芸能に複数関わっていきながら伝承が途絶えないようにとの工夫なのだと理解できます。
その取組に敬服します。




寿舞は同じ江刺区の広瀬の一二三之関太神楽の大黒舞が増沢に伝わり、広瀬から婿入した菊池栄により大黒舞を習得したことに始まるという。

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戦争によって一時中断したが、増沢の宝として昭和41年からは増沢郷土芸能保存会として活動を継続しているとのことです。

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ともあれ今回の江刺民俗芸能フェスティバル2017のトリを飾るめでたい演芸舞でした。

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動画でどうぞ。

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2017.12.22 |

2017.11.26 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

川井御戸入 @ 第45回川井郷土芸能祭

さて本日は、第45回川井郷土芸能祭から最後の演目で川井御戸入(かわいみといり)です。
毎回これが最後にくるということは、大トリの芸能はこれということになっているのでしょうか。

由来について「川井村の郷土芸能調査報告書」等より

「大火で古文書等が消失し詳細は不明だが、鎌倉時代の閉伊氏12代の時代に創作されたと伝えられている。神社の開帳にあたり神前に祈りを捧げる儀式を飾るための踊りで、武者が城攻めをする様を表したとされる。
また、門馬早池峰神社にゆかりの門馬別当家に伝わる古文書によると、慶長3年(1598)に神社の行事の参列順序を記した中に御戸入先達者の名がある。」ということのようです。
現在は川井郷土芸能保存会によって伝承され、お盆の門打ちを中心に活動し、会の代表者は八木孝男さんです。

尚、旧川井村にはこの他に江繋と湯澤にも御戸入があるということ。



演目は通り、一番、二番、締めである。
通りは門打ちの家などに向かうときの道行の曲。
一番は「しょでぇきり(初出切り)」とも呼び、二番は二番切りとも言った。

庭入りは後ろ向きに太鼓2人と摺鉦2人が最初に舞い込む。
次に天狗と米撒きが続く。米撒きは途中で餅を撒くので会場内が大変賑わいます。

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採物はバラ(竹刀)、刀、薙刀、鉞、棒、キギ(杵)、弓の7つで、それぞれ二人づつ踊ります。

また、昔は道化がついて、赤いサルのような装束だったということです。

踊りは激しく跳びはねる所作と、採物を打ち合う所作が繰り返されます。

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笛の調子は七頭舞をゆっくりにしたもののようです。
もともとの起こりは神楽のシットギ獅子のようですが、岩手県内では閉伊郡以北の沿岸部と岩手郡や二・九戸郡に七つ採物舞が多彩に伝承されていますので、それらを比較しながら鑑賞するのも楽しみです。

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最後の締めでは、弓を持った二人が前にでて、大きく跳ね踊ります。ここが最高の見せ場のようで、会場内は大いに盛り上がりました。

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動画でどうぞ。

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2017.11.26 |

2017.11.25 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

箱石こうきりこ @ 第45回川井郷土芸能祭

さて本日は、第45回川井郷土芸能祭から箱石こうきりこです。演目は庭廻、初庭、中踊、引羽ということです。

箱石こうきりこ、前回は出演していなかったのでかなりしばらくぶりに見ました。当ブログでも意外なことに初出です。

ということで、由来について
「巻物等の伝書はないが、口伝によると幕末の頃、加賀の国から来た老夫婦の医者が箱石村(現宮古市箱石)に長く滞在したときに伝授したということ。毎年お盆に地区民によって踊り継がれ、平成二年に旧川井村の無形文化財第一号に指定された」

ということです。

お盆の8月14日に太夫の庭を皮切りに、地域内の好心寺で踊り、その後箱石鹿踊とともに地域内を踊って回る。



こきりこというと、五箇山のこきりこ節が有名で「こきりこの丈は七寸五分」と歌われることから23cmぐらいと思いますが、箱石のは二尺ぐらいもあろうかという長さなので「袖のかなかい」にならないように大きく振り回す所作が特長です。

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ところで、踊り手が頭に付けている飾り「ヒタイアテ」と呼ぶそうですが、以前から気になっていたのでアップにしてみました。

夜空に雲と星が描かれ、中央には月輪です。いかにも仏教的な感じがしますので、盆供養に相応しい模様となっています。
新潟県の小切子踊では天冠を付けているので、その流れかもしれません。

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箱石地区で保存会を結成したものの踊り手の女子が減少したために、現在は川井中学校が総合的な学習の時間に練習して取り組んでいるものです。

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東北地方でも、なかなかお目にかかれない珍しい芸能なので、度々メディアに取り上げられますが、決して風流踊りという面だけでなく、祖霊供養の信仰的である点がこの箱石こうきりこの本質なのかと思います。

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動画でどうぞ。

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2017.11.25 |

2017.10.05 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

雁舞道七福神の門打ち @小鎚神社例大祭

さて、本日からは少し前になりますが、大槌町の秋祭り3日目の小鎚神社例大祭から雁舞道七福神です。

例年は仕事の関係で、大槌祭りの3日目は訪問できないことが多かったのですが、今年は町方にも民家が建ち始めていたので、なんとしても祭りを観たくて仕事を休んで参戦した次第です。

小鎚神社前から、上町本町の通りが震災前のように神輿が通れるようになりました。
まだまだなのですが、目を閉じると震災前の風景まで見えるような賑わいが嬉しい。



さて、旧御社地近くに新築になったお宅の前に雁舞道七福神の屋台が見えたので駆けつけました。

雁舞道七福神の由来は「大槌町の郷土芸能」より

『アーなに舞か出そうだ。なに舞か出そうだ。なに舞、かに舞と囃しやれもうすもおしようす―』の唄い文句で始まる七福神舞は、明治の頃、大船渡市で踊り伝えられていたものを、大正の初め同市の師匠二人によつて気仙郡三陸町の佐々本長左衛門氏(当時8歳)宅を宿にして踊られていた。
この踊りはめでたい座敷踊りとして旧の小正月に、浜は大漁、陸は満作、そして家内安全を祈願して一戸一戸を門付けをして歩いた。
昭和14年、仕事の都合で釜石市に移り住んだ佐々木長左衛門氏は、東前青年会の依頼で子供たちに教えたのが東前七福神の始まりと言われている。
私ども雁舞道の七福神は、昭和28年当地区の青年連中のたっての希望により、発起人佐藤清太郎氏、小国仁右衛門氏、田代金三郎氏、野田得三氏(共に故人)の働きかけで同年9月に釜石市東前の師匠畠山隆男氏を招いて指導されたのが始まりで、踊りは座敷踊りであつたものを、テンポの速い囃子にアレンジし、雁舞道七福神として毎年9月の大槌稲荷神社や小鎚神社の例大祭、又結婚式等で男子小学生を主体として踊り継がれている。

子どもたちにる祝福芸として出発したであろうこの七福神も、一時期衰退したこともあった。
子どもたちを巡る環境も昔と変わりスポ少や部活などで踊り手がままならなくなったが、絶やしてはならないと尽力した方がいて、こんにちまで継承されてきた。

コミカルな動きと賑やかな囃子は浜の祭りの人気者でもあります。(特にご年配の皆さんには)

蛭子三郎 めでたくも鯛を釣る

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福禄寿は福禄と寿命の神様

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宝来様と寿老人

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弁財天は芸能と福徳除災を祈る神様

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最後に大黒天が打出の小鎚を振りながら舞込み、この家の当主に小鎚を授けます

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この家の縁先では、おばあちゃんたちがご遺族の写真を持って七福神を見せていました。よい供養になったと思います。

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最後は威勢のよい囃子方の掛け声とともに甚句踊りです。

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2017.10.05 |

2017.09.05 | Comments(2) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

山口さんさ踊り @土渕まつり2017

さて本日は、8月20日に開催されました遠野市の土渕まつりから山口さんさ踊りです。

由来については遠野文化研究センター刊「遠野の郷土芸能」より

「大正時代初め頃、小国村(現宮古市小国)大久保から尻石磯吉が厚楽家へ婿入した。磯吉の兄嫁はさんさを覚えている人であり、この兄嫁が山口の自分の家に泊め、地域の人たちを集めてさんさを覚えさせたという。この兄嫁は箱石村(現宮古市箱石)横沢の出身で、さんさも当時そこで踊られていたものである」ということです。

最初に御神輿の神様に甚句踊りを奉納です。



昭和26年まで地元婦人会で継承されてきたが中断。昭和47年に復活し保存会を結成。平成24年に遠野遺産に認定。
上演演目は、六歩、通り、さんさ甚句(宮古甚句、甚句、拳甚句)、組踊、引き端踊り、参拝踊り、きっかたか、他

昔には中踊りとして、みやこ甚句、秋田甚句、秋田おばこ等を余興として踊ったこともあるという。

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盛岡を中心としたさんさ踊りは、テンポの早い踊りで、くねりが多く跳躍する動きなどもありますが、この山口さんさ踊りは比較的ゆっくりとしたテンポで優雅な手踊りとなっています。
伝承元の宮古周辺のさんさ踊りとも異なっているので、所作がより風流化してきたのかもしれません。

ともかくも、遠野祭りのポスターに選ばれる回数も遠野南部ばやしと争うぐらい多いことから人気の程がわかります。

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ところで、踊り手の衣装ですが、他のさんさ踊りでは赤襦袢に浴衣を着ていますが、山口さんさでは振り袖に手甲脚絆と前垂を着けています。この出で立ちは遠野南部囃子と同様のものです。
浴衣よりこちらの方がより優雅さが引き立つという考えだったのかもしれません。
それにしても前垂の向鶴紋が気になります。これは南部家の定紋です。

いつかは山口さんさの地元で見たいものです。旧暦4月7日、山口の薬師堂の宵宮だと。

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2017.09.05 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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