2017.02.02 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

古城恵比寿舞@ 前沢郷土芸能祭

さて本日は、前沢郷土芸能祭から大トリで古城恵比寿舞です。

由来については、160年前の弘化3年に林地区の長右エ門が舞ったのが始まりで、その後長男の亀右衛門に引き継がれて大正末期まで舞い、昭和初期に女性の舞手、千田サダに伝えられ昭和40年代まで隆盛を極めたがその後衰退していた。
伝承者の高齢化で途絶えたが、昭和58年に地区有志で復活させたとのこと。



後ろで七福神の装束をしている方々は囃子方なので、七福神を舞うわけではないようですが、賑やかに七福神のお祝いという訳です。

IMG_0219.jpg

恵比須舞なので、鯛を釣るべく大量の餌(餅やらお菓子)を撒いて客席にサービス。
観客の皆さんもこれを目当てに最後まで観覧している(?)というわけです。

目出度く(生の)鯛を釣り上げた所でお開きです。

IMG_0229.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.02.02 |

2016.12.21 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

上駒木野參差踊り@ 江刺民俗芸能フェスティバル

さて本日は、江刺民俗芸能フェスティバル2016から招待団体です。
岩手県立雫石高等学校には郷土芸能委員会という生徒が活動する場があり、中でも上駒木野さんさ踊りは超有名です。

郷土芸能委員会については当日プログラムより

「雫石高等学校郷土芸能委員会は、雫石町内の各民区を中心とした民俗芸能の保存会・活動団体が所属する「雫石町無形民俗文化財保存会」に所属し、地域の方々から指導を受けながら、放課後2時間練習をしています。委員会は1年生から各クラス2~ 3
名選出され、3年間取り組みます。現在は3年生8人、2年生2人、 1年生8人で活動しています。
平成28年度の第39回全国高等学校総合文化祭郷土能部門で、優良賞を受賞しました。」
ということです。



今回江刺郷土芸能フェスティバルに招待したいきさつは、江刺郷土芸能保存連合会の及川会長さんが上駒木野さんさ踊りを見て、高校生の踊り手が弾けるような笑顔で踊っていたことに感心し、この姿を江刺の人たちにも見てほしいと思って招聘したということです。
確かに私も上駒木野參差踊を10年程前に初めて見たときには手先から足先までピシッとした振りで、笑顔を崩さずにしっかりと踊る様に感心したものでした。

IMG_8899.jpg

11月23日に雫石町無形文化財芸能祭が雫石町の野菊ホールで開催され、見に行きました。
その際には、この雫石高校郷土芸能委員会が絶えて久しかった地元の「亀の子つき唄」を復活再現させて上演しました。
このように、地元の郷土芸能を大切にしていこうとする高校生たちの思いは地域の大人たちにも故郷の絆を再認識させる力にもなっていると思います。

IMG_8906.jpg

仲入りとして「よしゃれ」が披露されましたが、これについてプログラムより

「さんさ踊りは、盛岡市とその周辺地域の代表的な盆踊りで、花笠をかぶり、腰に七色の帯を結んだ衣装で、太鼓、笛、踊りが一緒になって踊ります。今回は、「仲入り」として「よしゃれ」を披露しますが、「よしゃれ」はお祝いの席の最初に唄い踊られる演日の一つです。450年ほど昔、雫石城主斯波(しば)氏との戦いの中で、南部方の隠密が濠の水の取り入れ口を聞きだそうとしましたが、茶屋の嬶様がうまく立ち去らせ、郷侍たちが喜び宴で唄ったのが由来とされています。」

IMG_8912.jpg

番踊りとなっていますが、男踊りと女踊りがそれぞれ振り付けが異なる点が特徴です。
これからも雫石高校の生徒さんたちが晴れやかな顔で南部の郷土芸能を発信してくれることを期待します。

IMG_8914.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2016.12.21 |

2016.12.12 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

長者さんさ踊り@ 第37回大東町郷土芸能発表会

さて本日は、第37回大東町郷土芸能発表会から長者さんさ踊りです。

長者自治会が地域ぐるみで伝承しておりますが、長者地区は大東町摺沢から千厩方面へ行く途中にあります。
盛岡周辺に広く分布するさんさ踊りですが、ここのは最南端のさんさ踊りと言えます。


長者さんさ踊りの由来について、当日パンフレットより

「さんさ踊りが長者地区に伝えられたのは、昭和8年のことでした。
旧石鳥谷町から先生を招き、民家を宿に連日連夜、猛特訓に明け暮れ、伝授されたそうです。
途中、戦争などで途絶えた時期もありましたが、昭和46年に「長者さんさ踊り保存会」が設立され復活し、昭和52年から3年間は摺沢小学校で運動会の団体演技として取り入れられるなど、活動の絶頂期を迎えました。その後、一度途絶えた時期もありましたが「長者自治会」に引き継がれ、秋祭りや、各種行事にて、かわいい子どもたちも一緒になって披露しております。
平成25年は、伝承80周年を迎え「郷土芸能映像記録保存事業」にて記録映像に残し、平成26年「コミュニティ助成事業」により浴衣などの装束を一新し、より確実に継承される体制を整えました。長者地区は26戸の小な集落ですが、さんさ踊りを地域づくりの原動力と地域の誇りとして将来に伝えていきたいと思っています。」

ということです。



演目についても当日パンフレットより

「伝承当時は十数番まで演目がありましたが、現在、確実に継承されているのは六つの演目のみとなっております。
当時は民家を巡り庭で輪踊りを行うのが本来の踊り方でしたが、今では、祭りの行進に盛岡さんさ踊りを取り入れたり、発表会などではステージ仕様に横並びとして、観客の皆様が楽しめるような工夫もしております。
本日は、入場と退場を盛岡さんさ踊りで、伝統の長者さんさ踊りはステージ仕様で6演目披露いたします。
また、昨年、一新したあでやかな装束もお楽しみください。」

長者さんさ踊りは地元の摺沢八幡神社の祭礼などでも踊られているということです。
長く続いていくことと思います。

sansa2.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2016.12.12 |

2016.06.05 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

大湯大太鼓@日本の祭りinあきた2015

さて本日は、日本の祭りinあきた2015から大湯大太鼓です。

秋田県北部から青森県の旧津軽領内は「大太鼓文化圏」とでも言える様相だと思います。
この鹿角市の大湯太鼓や北秋田市鷹巣町の綴子太鼓、それに青森は青森ねぶたや弘前ねぷた等が有名ですが、その起源は南部藩領であったことからその軍楽としての太鼓が想定されます。

由来について当日パンフレットより

「戦国時代末期、鹿倉城主が激戦の末に凱旋した際、大湯の村人達が将卒の労を唄や踊り、笛、太鼓で労つた事が始まりと言われます。その後、鹿倉城は天正19年(1591)の豊臣秀吉の九戸遠征に巻き込まれ、攻防の末落城、彼我の多くの屍が野末にさらされました。それから村人達は、毎年のお盆には戦陣に散つた霊魂を供養太鼓で追悼してきました。大湯城再建の日が8月19日であり、出穂の時期にあたることから、先祖の供養と五穀豊穣を祈つて8月15日に「大湯大太鼓まつり」を行っています。」

とあります。

祭りの解説は「秋田民俗芸能位アーカイブス」から

「大湯大太鼓まつりは、毎年8月15日に大湯の10の若組が出演をして太鼓競技としておこなっている。太鼓1台を一殻(がら)といって、殻を単位として、大会は50殻も出演する。この太鼓では最初に大圓寺の供養太鼓を演じてから競技に入る。曲目は大湯第一大拍子・大湯第二大拍子・中通り大拍子・三拍子・五拍子・七拍子・大の坂・シカジャケ(酸酒)・ケノクダリ(街道下り)がある。盆の期間は地域内各集落では盛んに盆踊りが開催されることから、盆踊りの囃子としても演じられるもので、呼び太鼓・大ノ坂踊・甚句踊・送り太鼓の順になっていて、毛馬内の盆踊とほぼ同じである。もともとは、江戸時代に南部藩がこの地の武士の士気を高めようとして打ち鳴らしたのが始まりといわれている。」



祭りの際は150mもの太鼓行列となり、太鼓を一斉に打ち鳴らすと30km四方に鳴り渡るということです。
太鼓の革は馬革で、太鼓の表面に染みが付いているものがありますが、それは太鼓の打ち手の血豆の跡だということです。
それ程に力強く太鼓を打ちながら練り歩く様は、さぞかし壮観なのだろうと思います。いつか訪れてみたいと思います。


IMG_7950_20160605180750511.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2016.06.05 |

2016.06.04 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

藤琴豊作踊 @日本の祭りinあきた2015

さて本日は、日本の祭りinあきた2015から藤琴豊作踊です。駒踊りです。とはいうものの本来は獅子舞もつくようです。

この踊は、秋田県山本郡藤里町に鎮座する藤琴浅間神社祭典の宵宮9月7日と祭典当日の9月8日に行われる秋田県無形文化財です。
が、私は数年前に由利本荘市岩城の旧藩祭でこの駒踊りを見て感動した記憶があります。

由来は次のとおり
「慶長7年、秋田藩主佐竹義宣公が水戸から秋田へお国替えの際、家臣が主君の退屈をお慰めする家臣の道中芸が源と伝えられています。
全体が大名行列をかたどり、棒使い、鋏箱、槍持ち等が先頭にたち、馬上の武士、御興等と行列を組んで町内を練歩き、後分散して、奴は奴踊り、棒持ちは棒使い、槍持ちは槍踊り、馬上の武士は、いわゆる駒踊りと称する出陣と戦いの様子を踊り、獅子は獅子舞を演ずる。
「上若郷土芸能保存会」「志茂若郷土芸術会」の二つの会で伝承され、上若は獅子舞と奴踊りを(旧)北秋田郡松木村から、駒踊りを同郡米内沢町から、志茂若は同郡八幡平村からいずれも百五十年ほど前に習ったとされている。」

ということです。駒踊りと棒使いと獅子舞と奴子踊りが合体しています。

最初に追分風の歌上げから始まります。



演目は岡崎、乗り違え、五拍子などがありますが、いずれも足を高く蹴り上げ、肘も大きく振る動作が勇壮です。
祭りの場では、更に走りながら踊ったり、飛び跳ねたりと迫力があります。

IMG_7922.jpg

駒踊りは、これも東北地方に広く分布する正月予祝の芸能の春駒との関連を思わせる。

IMG_7928.jpg

動画でどうぞ。



テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2016.06.04 |

«  | ホーム |  »

プロフィール

祭りの追っかけ

Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -