2017.10.05 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

雁舞道七福神の門打ち @小鎚神社例大祭

さて、本日からは少し前になりますが、大槌町の秋祭り3日目の小鎚神社例大祭から雁舞道七福神です。

例年は仕事の関係で、大槌祭りの3日目は訪問できないことが多かったのですが、今年は町方にも民家が建ち始めていたので、なんとしても祭りを観たくて仕事を休んで参戦した次第です。

小鎚神社前から、上町本町の通りが震災前のように神輿が通れるようになりました。
まだまだなのですが、目を閉じると震災前の風景まで見えるような賑わいが嬉しい。



さて、旧御社地近くに新築になったお宅の前に雁舞道七福神の屋台が見えたので駆けつけました。

雁舞道七福神の由来は「大槌町の郷土芸能」より

『アーなに舞か出そうだ。なに舞か出そうだ。なに舞、かに舞と囃しやれもうすもおしようす―』の唄い文句で始まる七福神舞は、明治の頃、大船渡市で踊り伝えられていたものを、大正の初め同市の師匠二人によつて気仙郡三陸町の佐々本長左衛門氏(当時8歳)宅を宿にして踊られていた。
この踊りはめでたい座敷踊りとして旧の小正月に、浜は大漁、陸は満作、そして家内安全を祈願して一戸一戸を門付けをして歩いた。
昭和14年、仕事の都合で釜石市に移り住んだ佐々木長左衛門氏は、東前青年会の依頼で子供たちに教えたのが東前七福神の始まりと言われている。
私ども雁舞道の七福神は、昭和28年当地区の青年連中のたっての希望により、発起人佐藤清太郎氏、小国仁右衛門氏、田代金三郎氏、野田得三氏(共に故人)の働きかけで同年9月に釜石市東前の師匠畠山隆男氏を招いて指導されたのが始まりで、踊りは座敷踊りであつたものを、テンポの速い囃子にアレンジし、雁舞道七福神として毎年9月の大槌稲荷神社や小鎚神社の例大祭、又結婚式等で男子小学生を主体として踊り継がれている。

子どもたちにる祝福芸として出発したであろうこの七福神も、一時期衰退したこともあった。
子どもたちを巡る環境も昔と変わりスポ少や部活などで踊り手がままならなくなったが、絶やしてはならないと尽力した方がいて、こんにちまで継承されてきた。

コミカルな動きと賑やかな囃子は浜の祭りの人気者でもあります。(特にご年配の皆さんには)

蛭子三郎 めでたくも鯛を釣る

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福禄寿は福禄と寿命の神様

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宝来様と寿老人

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弁財天は芸能と福徳除災を祈る神様

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最後に大黒天が打出の小鎚を振りながら舞込み、この家の当主に小鎚を授けます

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この家の縁先では、おばあちゃんたちがご遺族の写真を持って七福神を見せていました。よい供養になったと思います。

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最後は威勢のよい囃子方の掛け声とともに甚句踊りです。

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動画でどうぞ。

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2017.10.05 |

2017.09.05 | Comments(2) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

山口さんさ踊り @土渕まつり2017

さて本日は、8月20日に開催されました遠野市の土渕まつりから山口さんさ踊りです。

由来については遠野文化研究センター刊「遠野の郷土芸能」より

「大正時代初め頃、小国村(現宮古市小国)大久保から尻石磯吉が厚楽家へ婿入した。磯吉の兄嫁はさんさを覚えている人であり、この兄嫁が山口の自分の家に泊め、地域の人たちを集めてさんさを覚えさせたという。この兄嫁は箱石村(現宮古市箱石)横沢の出身で、さんさも当時そこで踊られていたものである」ということです。

最初に御神輿の神様に甚句踊りを奉納です。



昭和26年まで地元婦人会で継承されてきたが中断。昭和47年に復活し保存会を結成。平成24年に遠野遺産に認定。
上演演目は、六歩、通り、さんさ甚句(宮古甚句、甚句、拳甚句)、組踊、引き端踊り、参拝踊り、きっかたか、他

昔には中踊りとして、みやこ甚句、秋田甚句、秋田おばこ等を余興として踊ったこともあるという。

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盛岡を中心としたさんさ踊りは、テンポの早い踊りで、くねりが多く跳躍する動きなどもありますが、この山口さんさ踊りは比較的ゆっくりとしたテンポで優雅な手踊りとなっています。
伝承元の宮古周辺のさんさ踊りとも異なっているので、所作がより風流化してきたのかもしれません。

ともかくも、遠野祭りのポスターに選ばれる回数も遠野南部ばやしと争うぐらい多いことから人気の程がわかります。

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ところで、踊り手の衣装ですが、他のさんさ踊りでは赤襦袢に浴衣を着ていますが、山口さんさでは振り袖に手甲脚絆と前垂を着けています。この出で立ちは遠野南部囃子と同様のものです。
浴衣よりこちらの方がより優雅さが引き立つという考えだったのかもしれません。
それにしても前垂の向鶴紋が気になります。これは南部家の定紋です。

いつかは山口さんさの地元で見たいものです。旧暦4月7日、山口の薬師堂の宵宮だと。

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動画でどうぞ。

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2017.09.05 |

2017.08.31 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

来田七ツ物踊り 八坂神社奉納

さて本日は、一戸まつりでの八坂神社に奉納した来田七つ物踊りです。

来田地区は一戸町から九戸村に向かう県道5号線沿いにある集落です。
昔は隣の楢山にも七つ物があったそうですが、現在は楢山には神楽があり、かつては八坂神社の神輿供奉も3年おきに七つ物と交替で勤めたそうです。

由来については、確たる伝承はないものの、来田の常前家が明治期に一戸周辺から取り入れたものかと推測されるという。(一戸町の郷土芸能 P60)



採物は、杵1人、先棒、長刀、剣、鉞、弓、刀がそれぞれ2人ずつ。
囃子方は太鼓と鉦。笛はかつてはあったと思われます。

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二戸地方の七つ物では、杵役が輪踊りの中心に立って、杵を高く放り上げては受け取るという曲芸(伊勢太神楽みたいな)が特長でしょうか。
これが、二戸の神楽では杵舞として独立しています。

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一通り踊り終わると神社より御神酒と御花があげられます。

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ここで花取り(礼舞)となります。
礼舞は杵と刀だけが一列に横に並んで、捧げ物を縦に捧げて厳かに舞い始めます。
ここで囃子方から歌がかかります。これを杜氏の歌とも酒屋歌ともいう

〽 投げ草は 台にすえたる やなぎ樽
   酒は上 上酒 加賀の 菊酒

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動画でどうぞ。

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2017.08.31 |

2017.08.18 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

崎浜大漁唄込み @ 第七回三陸海の盆

さて本日は、第七回三陸海の盆から崎浜大漁唄込みです。

といいつつ、演目に入る前に、プログラムの合間があいたので、会場の隣接地にある旧田老観光ホテルまで歩いてみた。

震災前は田老町が全国に誇る高さ10mのX字の巨大防潮堤でしたが、約20mを超える津波により瞬時に破壊され、防潮堤の内側にあったホテルも4階まで波が押し寄せて、2階まで破壊浸水したとこのとです。
この周辺は野原地区といい、昭和三陸大津波でも浸水地域で家がなくなった場所。
それが昭和50年代に新たな堤防が築かれて家が建ち始め、そしてここにホテルが建てられたという。
三陸沿岸の臨海地域に共通しているのは、町場を形成する平場が少ないために0m地帯でも建物をたてざるをえなくなるということ。
明治、昭和の大津波があっても10数年後にはまた新たな町が形成される、その繰り返しではあったが、今度ばかりはそうはいかない。そうあってはならないという教訓を後世に残すためにも、このホテルは震災遺構として残されることになったという。

大型重機が動き回る中で、海に向かって合掌し会場に戻った。



さて、崎浜大漁唄込みです。

由来について

「崎浜大漁唄込みはその昔、帆を操り櫓櫂を頼りに漁に出ていた時代から現代に伝えられているもので、300年を超える歴史があると言われております。
通信手段のなかった昔は、陸で待つ家族の元へ大漁の喜びを、いち早<知らせるための連絡手段でもありました。
唄い手が身に纏っている着物は、大漁看板と申しまして、大漁の際に網元から頂戴したご褒美で、言うなれば海の男の勲章でもあります。海の男の心意気は大漁看板に染み付いており、海の男のロマンは唄の中にしっかりと息づいています。
それは海を愛し、海に感謝し、海に捧げる讃歌であり、豊饒の海から港入りする、漁師の凱旋歌なのです。」

ということです。

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この唄い込みは今か340年前に紀州和歌山の新宮市宮崎から鰹漁とともに伝わったといいます。
唐桑では先の震災で大きな被害を受け、しばらくはこの唄をうたう気になれなかったと。
しかし、新宮市の漁師さんたちがいち早く救援物資を持って駆けつけた。(鮪を持って)
その恩に報いようと何かしなくてはと思った時にこの唄が自然と出てきた。
唐桑には「天運循環」という言葉が言い伝えられている。
これは、どんなに不漁がつづいても前の大漁から60年たてば必ずまた大漁があるという教えで、今回の震災から立ち上がり、必ずまた復興するのだという励みとしているそうです。


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動画でどうぞ。

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2017.08.18 |

2017.08.17 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

桜舞太鼓 @ 第七回三陸海の盆

さて本日は、第七回三陸海の盆から桜舞太鼓です。

桜舞太鼓の由来については「桜舞太鼓」公式HPから参照⇒公式HPへ

「本郷・桜舞太鼓は、唐丹町(岩手県釜石市)の天照御祖神社式年大祭、現在の『釜石桜祭り』において、本郷地区手踊り太鼓として昭和28年に考案者である三浦徳松氏の指導の下、本郷地区の青年達に発足されて以来、その技を磨きながら本郷青年会に伝承されてきた太鼓であり、本郷地区の郷土芸能の一線上に位置する団体であります。
本郷・桜舞太鼓の特徴は桜の花ビラが舞い踊る様をイメージした一糸乱れぬ勇壮で華麗な撥捌ばちさばきの『桜舞流舞打』にあります。
現在は、平成12年に結成された『鼓舞櫻会』が舞打ちの伝承活動及び創作曲にも力を注ぎ、各種イベントにも参加し積極的な活動をしております。
平成23年3月11日、東日本大震災による大津波に全てを飲み込まれる被害に遭いながらも、地元釜石市の支援者を始め全国の支援者・支援団体より援助を受け、同年5月より再起を図り同年7月に復活を果たし活動を再開。現在も尚一歩一歩復興へと向けた活動を展開しております」

とのことです。



本来は祭の際にトラックの荷台に太鼓を並べて、船のように揺らしながら流して歩く祭り太鼓でした。

画像は2015年の唐丹桜祭です。

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桜舞太鼓は釜石市の唐丹町を代表する芸能集団として世間に認識されたので、これからの活動に益々期待するものです。

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年々意欲的にレパートリーを増やしてきているようですので、これからも楽しみです。
とともに、いつか本郷の桜並木の下で桜舞太鼓を見たいな。

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動画でどうぞ。

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2017.08.17 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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