2018.02.24 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

大原神楽 屋島合戦 @ 南股芸能まつり

さて本日は、南股芸能まつりから、大原神楽さんの屋島合戦についてです。


大原神楽さんの由来について定本より

「西磐井郡厳美村山谷入道の佐藤辛氏が衣川村大原に入婿し高橋姓を名乗る。
高橋辛は三輪流山谷神楽の舞人であったので、高橋寿七が庭元となり高橋辛師匠の指導で大正10年大原神楽を創設した。
戦前、戦後中断していたが、昭和四二年高橋辛、小坂盛雄両師匠の指導で現在の大原神楽が復活した。
初代庭元高橋寿七、11代高橋正名、佐藤光男は三代目である。」

とありますが、現在の代表は高橋末夫さんです。



さて、演目は源氏方が一の谷攻めで平家方を屋島へと追い詰めた所で大将同士の戦いになった場面です。

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源義経に相対するは平家方の猛将である能登守教経で、強弓をもってして義経を追い詰めます。

その間髪を入れず、義経腹心の佐藤継信が間に割って入り主君を助けようとします。

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しかし、一の矢二の矢は防げても、三の矢の管矢は防げずに深手を負ってしまいます。

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激戦となった屋島の合戦も夕暮れとともに終息すると、浜辺には累々と屍が重なっているばかり。

兄継信の行方をさがして弟忠信が声を頼りに探していると、遠くで微かに呼ぶ声があり

駆け寄る忠信の目に矢を受けた兄の姿が入ってきます。

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すでに虫の声の兄を背負い、主君義経の待つ高松城へと急ぎます。

継信は敵の矢に倒れたことを義経に報告するとともに、後のことを弟忠信に託して一首の歌を読み息絶えます。

〽 東より 四国屋島の果てに来て 君に命を捧ぐ継信

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動画でどうぞ。

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2018.02.24 |

2018.02.23 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

川内神楽 一の谷 @ 南股芸能まつり

さて本日は、南股芸能まつりから川内神楽さんの 一の谷です。

ところで、川内神楽さんは伝書等はないものの口伝等では江戸中期ぐらいの発祥とされているようです。

明らかな伝承は安政元年(1854)生まれの菅原利平が初代師匠とされています。
その後、二代鈴木徳右衛門の時代、明治29年に月山神社落成に川内神楽を奉納したということが確かなこととして伝わっているようです。
この鈴木徳右衛門は厳美の猪岡村から婿養子にきたということで、山谷神楽を習得していたためそれを川内にもたらしたということができるであろう。

尚、「衣川村芸能史」によれば、文化8年3月28日に道徳屋敷の山王権現社祭典で神楽を奉納したことに触れており、当時の祭りの様相として近郷の下衣川村を始め、平泉村や水沢町からも行商人が来て盛大な祭りであったということである。



さて、演目は一の谷 おなじみ敦盛・熊谷の一騎打ちの場面です。
若人面をつけた烏帽子に陣羽織の出で立ちで平敦盛が幕より出てまいります。
みながしは天平の指し手です。若武者らしい地舞が颯爽としております。

〽 自らは平家方にも名も高き平経盛が三男、無冠の太夫平敦盛とは、自らなりー 

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そこへ、源氏方の荒武者である熊谷直実が立ちはだかります。
敦盛を一度は捕らえますが、その顔を確かめると我が子と同じ年頃の少年と見受け、密かに逃します。

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そこへ、先陣争いをした平山武者がこの様子を見て取って、熊谷に二心ありと呼び止めます

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熊谷直実は、いたしかたなく敦盛を波間から呼び返し、再び一戦して捕らえ、首を取ろうとしますが、なかなか討つことができません。
この辺が、一の谷の件の泣かせどころです。

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南無阿弥陀仏と唱える敦盛の首を泣く泣く打ち取る直実。

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動画でどうぞ。

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2018.02.23 |

2018.02.22 | Comments(1) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

小田代神楽 権現舞 @第11回祀りの賑い

さて本日は、第11回祀りの賑いから最後の演目、権現舞です。

小田代神楽さんは、神楽のカテゴリでは一応南部神楽の範疇にあるので、権現舞は無いはずですがあるんです。
しかも、山伏神楽の権現舞とも様式を異にしています。
実はここに南部神楽と権現舞・獅子舞の関係のヒントがありそうなのです。

小田代神楽での権現舞においても下舞がありましたが、それは岳大償の下舞とは異なり、御神楽舞の手を下舞としているようです。



次に、権現様を舞わせる二人の舞手が登場する訳ですが、こちらはほとんど山伏神楽の権現舞と同様です。

が、やはり特徴的なのは権現舞の前半部分は、岩手県南部の胆沢地方から宮城県北地方に広く分布する獅子舞の様式をとっていることです。つまり、獅子を神の権現としているというよりも、獅子あやしによって祓われる聖獣としての獅子として扱っていることです、なので最初に獅子あやしが刀でもって獅子を祓う所作があります。

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そして、次に獅子あやしが山伏神楽の権現舞につきものの別当役に変わって酒や米等を獅子に振り掛け祓う所作になります。

小田代神楽さんが伝授を受けた北下幅神楽や瀬台野神楽にはもちろん権現舞は無いものの、同じ集落内には正月の春祈祷をする獅子舞がありました。それは天狗を先頭に刀振りと獅子舞が悪魔祓いをし、祈祷札を配るために門付けをして歩くものでした。
その一方で小田代集落の周りは南部藩境にあるため、山伏神楽から派生した権現舞だけを伝承する地区が沢山ありました。
小田代神楽さんでも集落内の寺に頼まれて権現様を回すようになり、現在では5月の江刺甚句まつりの際に秋葉神社の要請で岩谷堂地区を門付けすることになった。

このような関係から、山伏神楽由来の権現舞と羽黒修験の獅子舞とが混然となった権現舞が成立したのだと推察します。

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そんな感じで、この日の祀りの賑わいは終了しました・・・が、私の楽しみはこの後です!
こちらの直会では神楽衆による余興が繰り広げられます。毎年これを楽しみにして参じているわけです。

この日は、小田代神楽さんの舞手が早池峰神楽の権現舞の下舞から始まりました。

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その他に、天狗田代々神楽さんの寄せ太鼓や小田代さんのクズシなどがあり、直会の夜はふけてゆくのでした・・・。
また来年が楽しみです。

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動画でどうぞ。


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2018.02.22 |

2018.02.21 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

小田代神楽 鐘巻道成寺 @ 第11回祀りの賑い

さて本日は、第11回祀りの賑いから小田代神楽さんで鐘巻道成寺です。

話の筋立てはいわゆる安珍清姫です。

南部神楽では、本鐘巻と呼ばれるものの他に道化鐘巻というものもあります。
また、話の展開が胆沢系と一関周辺では多少違っています。
昨年の北辰神社奉納神楽大会で白浜神楽さんが演じていたのは一関系統のものですので比較して御覧ください。
(こちら⇒白浜神楽 道成寺(安珍と清姫)@北辰神社神楽大会
また、宮城県大崎市古川の保柳神楽は南部神楽ですが山伏神楽色の濃い鐘巻です。⇒保柳神楽 鐘巻

さて、小田代神楽さんの本鐘巻道成寺といきます。

最初に小坊主が出て場面の説明をします。
それにしても、この小坊主さん、小学生みたいですがセリフが堂々としていますが、来年からは中学生ということでこども神楽は卒業です。神楽続けてくださいね。



次に、清姫が恋い焦がれる安珍を尋ねて道成寺を訪れます。
この舞手は、女子高校生ですが、姫舞が非常に秀逸です、しかもスピードがありますので迫力があります。
瀬台野神楽系統では女舞を姿態舞と称して、非常に重要視されています。

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清姫は小坊主と問答し、女の身では寺に詣でることまかりならんと言われ、物狂いになっていきます。
太鼓に結んだ赤い布が鐘の緒を表し、清姫は鐘の緒を打ち振って踊り狂います。山伏神楽と同様です。
舞手の狂った様が狂気に満ちています。上手い!

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次に安珍が修行像の姿で現れ、罪により蛇身となった清姫を助けるべく法力によって折伏します。

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清姫が赤い衣を装い蛇神となって出ます

胴取がとなえます

〽 ちょうや ちょうや 南無三 ちょうや

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瀬台野神楽の神楽本では、ここで安珍が清姫を肩車して四方切りを舞うとなっています。
この日は、清姫を肩に担いで幕入りとなりますが、幕入直前に蛇鬼から折伏された清姫が面を早変わりさせます。
何度見ても感心させられる鐘巻です。

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動画でどうぞ。


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2018.02.21 |

2018.02.20 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

天狗田代々神楽 岩戸開き @ 第11回祀りの賑い

さて本日は、第11回祀りの賑いから天狗田代々神楽さんで岩戸開きです。

その前に改めて天狗田代々神楽さんの由来について

「天狗田代々神楽は水山流という。先代は田河津村高金の佐藤金治郎先生、二代は奥玉村の藤野金作、藤野為定両先生の指導を受けた。
大正一四年、奥玉立石の及川卯吉が木材運搬の為天狗田に働きに来た。及川卯吉は田河津高金の神楽の大先生である佐藤金治郎師匠の名代(弟子)であった。
こうしたことから及川卯吉師匠とその弟子及川正、渡辺弘等の昭和六年、西磐井厳美村水山神楽との交流もあり、水山流神代
皇代御神楽系演誼本もある。初代庭元小山辰治、二代小山綾之助、三代小山綾一、四代小山滑男、五代熊谷平に受け継がれてきた。」
ということですが、その後、終戦後数年の活動も舞手の減少により30年ほど活動休止となる。
そして、昭和60年3月3日に、熊谷平の太鼓と、婦人たちによる鶏舞を天狗田神社に奉納したことにより復活した。
さらに、昭和61年の12月に地元の天狗田小学校の子供達に鶏舞を指導し、「天狗田子供神楽」を結成し、翌昭和62年3月8日に37名の小学生が改善センターにて初披露を行った。
小学生による子供神楽は、天狗田小学校が統合廃校になるまで続き、現在加入している高校生たちもそのOBということになる。



式舞のひとつである、天の岩戸開きは、登場する舞手も多く、天児屋根命、太玉命、思兼命、天宇受売命、猿田彦命と天照皇大神が登場人物となっていました。

最初に登場するのは天児屋根命

〽 おう自らは中臣連の祖 天児屋根命かえ 
   神代の昔 天の岩戸の由来を尋ねつかまつる

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〽 應 我こそは天津太玉命サンヤーノー

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〽 我こそは思兼命サンヤーノー

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続いて太鼓の拍子が変わり、天宇受賣命が舞い出ます

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〽 我こそは手力雄命サンヤーノー

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最後に猿田彦命が出ます。

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天児屋根命の指図によって神々がそれぞれの支度をし、天宇受賣命が岩戸の前にて御神楽を舞い踊ります

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岩戸を開いて天照皇大神が姿を現し、この世に光が戻るということに

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最後は千代の御神楽にて舞い納めます

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動画でどうぞ。

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2018.02.20 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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