2017.06.13 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

狼ヶ志田神楽 宝蔵破り @ 第13回神楽共演石越大会

さて本日は、第13回神楽共演石越大会から狼ヶ志田神楽さんで宝蔵破りです。

その前に、狼ヶ志田神楽さんの由来について(南部神楽系譜調査報告書より)

「狼ヶ志田神楽は、文久元年神楽の祖、菅原甚太郎、菅原新右エ門、菅原今朝吉、小野寺長蔵等が、小山、中沢神楽の本庄板太郎より山伏神楽を伝授された。
明治二十五年十一月、菅原甚太郎が上昼沢佐藤家を通して達古袋と縁組をしたことから、西磐井郡萩荘村達古袋阿部徳太郎、小岩彦三郎両師匠より達古袋神楽を伝授された。
達古袋神楽は、達古袋に永住した羽黒山系山伏一七代元道常学院相模坊が指導したと言われる。
大正五年二の台、養ヶ森、大正八年恩俗、衣川雲南田等に狼ヶ志田神楽を伝授している。
明治二五年初代庭元菅原甚太郎より昭和四四年九代庭元青沼松男に引継がれている。」

現在の代表jは高橋先雄さんです。

この日は久々に、青沼大先生が胴をとりました。



宝蔵破りは源平物語の一節である。
牛若丸の父義朝が平氏に敗れた際に源氏伝来の八十四巻の兵法書「多神通虎の巻物」を四国は熊山城主鬼一法眼に略奪された。藤原秀衡にこれなくして源氏の再興あるまじと諭され、単騎で熊山城に乗り込み鬼一法眼の娘である皆鶴姫を謀略して宝のありかを聞き出し、ついに巻物を奪還するというもの。

奥州平泉の藤原秀衡に源氏再興を目指すなら、平家に奪われた多神通虎の巻物を再び取り返さなければ叶わぬと諭され、四国は熊山城へと我が身を隠して潜入します。

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使用人と偽って、熊山城主の鬼一法眼の娘皆鶴姫を笛の音にて籠絡し、虎の巻の在り処をつきとめ宝蔵へと急ぎます。

牛若丸が宝蔵の中を必死で探す様が帯や布などを放り投げる所作に表現されています。
何が飛び出すかハラハラドキドキして観客は釘付けです。

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そして、多神通虎の巻物を見事取り出します。

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騙したわけではないが、源氏再興の暁には皆鶴姫を迎えに来ると言い残して平泉さして飛び立つ牛若丸。

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そこへ帰ってきた鬼一法眼

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宝蔵から多神通虎の巻物が盗まれたことに怒り、小鷹の法を使って飛び去ろうとする牛若丸を秘術を尽くして追いかけます。


兵法争いの場面、お互いに秘術の限りを尽くしますが、多神通虎を所持する牛若丸は三寸草隠れの法や大山九つ之法などを繰り出します。

戦いに敗れた鬼一法眼は、牛若丸にたぶらかされた皆鶴姫の耳鼻を削いで船に乗せ沖の小島に流し、自らは熊山城もろとも焼き討ち自害して果てます。

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動画でどうぞ。

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2017.06.13 |

2017.06.05 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

浮田神楽 松迎 @ 舞初め2017

さて本日は、浮田神楽さんの舞初めから松迎です。


さて、演目の松迎は式外十二番に位置づけられている。
丹後の国の根野辺の長者に二人の子があり、兄は千秋(せんしゅう)、弟は萬歳(ばんぜい)という長寿の兄弟である。

幕出し唄は 〽 ヨーホー 松が谷だ ヨイイヨイヨイ

松迎では鳥兜の鶏が無いような羽烏帽子を付けていますが、一人の羽烏帽子の後方に剣がついています。(下の画像では左の一人)剣がついている方が弟だということです。



二人で廻りながら連舞をし、千秋が幕前で立ち止まったところで舎文がかかります。

〽 それ丹後の国根野辺の長者の二人の子に、兄をば千秋、弟を萬歳といいし者、兄弟二人な同じ心となり、父の仰せに従いて忽ち徳を申さんと根野辺の雪のことなれば、花を盛りに身を偲び、汝らをよしたいて髭を洗えば、我二人な手を合わせて天下を往来し奉る。天下泰平のことなれば、とかくはこれに年をへて

次に「さらば床几に腰をかけ・・・」で座して更に門松を寿ぐ舎文が続く

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〽 松を門にさっと立て  で手にした小松を床に差し立てる

 ここの舎文は東西南北に向かって良き年を祈るものとなっているようです。

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舎文が終わると面をはずして崩し舞です。

年の初めに相応しい神楽能の一番、松迎で晴れやかな気持ちになりました。

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動画でどうぞ。

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2017.06.05 |

2017.05.28 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

象潟祭典 中橋の車切

さて本日は、秋田県にかほ市象潟町の統一祭典見物から中橋町の囃子屋台です。

中橋の車切と称されるこの風流山車はにかほ市指定無形文化財となっています。

この祭りは、中橋に鎮座する舩着八幡神社の祭礼で、毎年5月第3日曜日に行われているものです。
昨日ブログの熊野神社とは川向に対面していて、海からの関門的な役割を果たしていたのかと思います。



本殿から鳥居までの参道には立砂が置かれています。
神社の伝承によれば、神功皇后が三韓征伐の帰りに時化にあい、象潟の港に漂着した。
その際に由来着御の地には船着八幡、御休息の地には腰掛八幡、遺品の帯石を御神体とする若宮八幡、竜衣の濡れたのを掛けた松の木を記念する袖掛八幡として祀っているとのこと。

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その舩着八幡神社の祭典に町内を廻るのが車切と呼ばれる囃子屋台です。

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中橋の車切について「秋田民俗芸能アーカイブス」から引用すると

「車切の始まりの年代は不明とされるが、起源としては、昔修験者が山中修行の時に魔物につかれないために奏でたものが発展したといわれ、車切は遮ることだという。中橋の車切は中橋八幡神社の祭礼によるとされるが、塩越総鎮守である熊野神社祭礼も同時におこなわれることから、塩越地区を巡行して演じられている。屋台の運行は大人が引くが演じるひとは子どもとされている。中橋の八幡神社から出て、また神社にもどり納める。車切は単独で屋台を引き回すが、屋台には囃子方と踊り人が乗り、巡行中に各家々の前に屋台正面を向けて演舞される。」
とあります。

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確かにこの踊り屋台は一軒一軒に屋台の鼻を向けて囃子と踊りを披露して歩いていました。
殊に趣があるのは、この屋台の曳き廻しです。
小さいながらも10人近い子供たちを乗せた屋台を右に左にと曳き廻すので、梶棒や綱を操る技術が必要と思われますが、それが祭り組の伝承に委ねられているのだろうと思いました。

惜しむらくは、従来は象潟の町中を流して歩いたであろうこの屋台も少子化の影響で中橋地区のみの巡行となってしまったことです。

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動画でどうぞ。

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2017.05.28 |

2017.05.27 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

象潟祭典 神輿と手踊りと

さて本日は、昨日ブログの続きで、酒田まつりの翌日に訪問した秋田県にかほ市の象潟祭典の模様です。

今回の山形秋田遠征の主目的はこの象潟祭典で行われる中橋の車切でしたが、それは明日のブログに掲載することとして
本日はその前段です。

まずは、鳥海山です。この前日から酒田まつりを観るためにこの鳥海山をグルっと一周しました。
この地方の信仰を集めたことは想像に難くないです。それほど秀麗で壮観です。



さて、象潟祭典とはこの象潟町の神社祭礼を同じ日に行ういわゆる統一祭典の行事で、例年5月の第3土日曜日に行われるものです。
この日も、町内のそちらこちらの神社町内で注連縄や紅白幕が張られて町全体が祭り一色といった感じでした。

その中でも中心となっているのが塩越に鎮座する熊野神社の祭礼です。

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数百メートル先には日本海が接しているこの神社は、様々な要素でこの地域の信仰の中心だったと思えます。

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その一端を垣間見ることができるのが神輿巡幸に供奉する若衆です。
家々を祓って進む際も声を荒げて神様が巡幸なされることをふれながら進みます。

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閑話休題 熊野神社の御巡幸だけに、烏もお供をしています。微笑ましい風景です。

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ここは祭りの頭屋にあたる家です。
頭屋や統人制度は、秋田の祭礼行事では確認すべき事項ですが、こちらの当屋では杉の葉を門柱に巻く形態で、昔からの伝承を繋いでいました。

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さて、神様が集落をまぶりに行った後は祭りの町内見物です。

神輿に供奉するのはその年の当番町内が趣向をこらして出すようです。
今年は妙見町内の番で、秋田名物の手踊りでした。

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動画でどうぞ。

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2017.05.27 |

2017.05.26 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

酒田まつり 山車行列と獅子パックン

さて本日は、5月20日に訪問した酒田まつりです。

この祭りは、酒田市の中心部に鎮座する、上日枝神社と下日枝神社の例大祭で、山王祭として、慶長14年(1609)から続く祭りで、酒田大火復興記念となった昭和54年から「酒田まつり」として開催しているとのことです。




前日の宵宮では招待芸能の秋田竿燈や土崎神明社の山車なども出たようです。

この日の本祭は、下日枝神社を出発した神輿行列が上日枝神社への巡幸に供奉する練り行列が祭典化したもので、山車と大獅子が見ものとなっています。

これは稚児行列が山車となった感じです。

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供奉する獅子です。
これが巨大化したものが行列の最後に出てきます。

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小学校の獅子ダンス 獅子カスタネットがよくできていました

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酒田は北前船の寄港地として栄えたので、豪商が沢山勢力を誇っていました。
花街も栄えていたので、酒田舞妓も沢山いたという訳ですが、これは酒田花魁道中の再現なそうです。

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各町内の山車の他に、幼稚園、小学校、中学校、高校が山車を出しているのが特徴でしょうか。
これなら人出がたくさん集まるというものです。

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さて、大獅子です。
全長10mぐらいの大獅子が4基出てきます。

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こちらでは「獅子パックン」と呼ばれていて、口の中に子どもを入れてパックンするとご利益があるということで、次々と親が子どもを獅子の口の中に。

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ところで、この祭りでは昭和レトロなデパート「マリーン5清水屋」を中心に東西通路に沢山の露店が立ち並びます。
100軒ぐらいはあったかと思います。

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動画でどうぞ。



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2017.05.26 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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