2018.06.06 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

達古袋神楽 屋島合戦忠信兄継信尋ねの場 @ 花山寒湯番所神楽鑑賞会

さて本日は 花山寒湯番所神楽鑑賞会から達古袋神楽さんで屋島合戦忠信兄継信尋ねの場です。

その前に、達古袋神楽さんの由来について定本より

「明治二年の火災で記録を失ったので資料はないが伝える所によれば、八幡神社は田村麻呂公の勧請といい、康平五年(一○六二)八月一五日再建の棟札もある。
八幡山常学院は、京都本山派の相模坊が、文明一○年(一四七八)開設し、古くから八幡神社の奉納神楽として法印神楽が舞われて来た。
なお弘化年代(一八四四)に神楽も盛んになり、明治以降には、胆沢地方、宮城県北、栗原郡、玉造郡等にも伝えられた。
明治以前は常学院が宮元となり指導に当ったが、以降の歴代師匠は、明治一一年小野寺伊三郎、明治二○年阿部徳太郎、明治二五年小岩勝蔵、明治三○年小岩利右エ門、小岩彦三郎、大正九年~昭和三八年まで阿部長治、以降阿部孝が指導に当り後継者の養成に当った。」

とあります。現在の代表は小岩恭一さんです。




さて屋島合戦忠信兄継信尋ねの場です。

―の谷の含戦に敗れた平氏は、四国屋嶋に逃げる。
義経は平氏の能登守教経と戦いますが遥か沖にと取り逃がします。
戦が終わって従者の佐藤継信の姿が見えないことに気づき、継信の弟を呼び出します。

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佐藤忠信です。

あたりは暗くなり、忠信は戦い敗れた人々の亡骸に念仏を唱えながら刀を杖に兄継信を探すとかすかな兄の呼ぶ声を聞きようやく兄上を探しあてる。

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継信は父に「一の矢、二の矢は手で受けても、三の矢は必ず切り落とせ」と教えられたが、功名を残したいという思いからこれを守らず三の矢を手で受け、これが管矢で瀕死の重傷を負う。

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負傷した継信は最期の別れに「主君義経公に会いたい」と忠信に背負われて義経公の待つ高松が峰の陣屋へと向かう。

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継信はこの世の形見として、義経公に重宝の剣を、忠信には鎧を遺します。

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辞世の句を残して息絶えます。

〽 東より 四国屋嶋の果てに来て 君に命を捧ぐ継信

南無阿弥陀仏

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動画でどうぞ

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2018.06.06 |

2018.05.22 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

高屋敷神楽 権現舞、三番叟 @ 第38回一戸町郷土芸能祭

さて、本日からは平成27年11月22日に取材した二戸市と一戸町の郷土芸能祭について書いていきます。
かなり前のことなので恐縮ですが、南部神楽のことを考える上でこの奥南部といわれる二戸地方の神楽を見て比較することは大変意義のあることなので取り上げていきます。
とにかく岩手県南部とは旧藩の違いばかりでなく文化の違いが感じられますが、歴史上に現れない交流もあったのだろうと推察されるものです。

ということで、最初は一戸町の高屋敷神楽です。

一戸町の神楽は一戸の山伏神楽として県無形民俗文化財に指定され、保持団体は高屋敷神楽と中山神楽です。
その他にも町内には女鹿神楽、小友神楽、田中新山社神楽が活動しています。

その中でも高屋敷神楽は歴史の古さと保持演目の多さが特徴です。

<権現様の前で打ち鳴らし 般若心経が唱えられます>



高屋敷神楽の源は、上女鹿沢の三明院という山伏にあると言われている。神楽は権現を捧持する山伏の重要な職分でるため、神楽を一人で舞うことは出来なく、12人の神楽男と呼ばれる人が必要だった。三明院が最も近くのまとまった村落である高屋敷の人々に神楽を伝え、神楽男に仕立て上げたのが高屋敷神楽の始まりと言われている。高屋敷地区では、小中校生へより多くの演目を伝承するなど後継者育成にも努めているという。

<子どもたちによる下舞>

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権現様は二戸から八戸地方に同系統のものが多く見られるタイプで獅子幕は黒黄赤の三色で、勇壮に歯打ちを繰り返すのが特徴です。

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さらに乗り権現という獅子あやしが獅子の背に乗る所作があります。
これは宮城県涌谷町の古式獅子舞や八戸の虎舞など三陸沿岸部でも同様のものがありますが、根底は同じなのでしょうかk。

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最後は肩乗りをしての歯打ちです。
高屋敷神楽では1月2日に春祈祷として一軒一軒を訪問しての門打ちをしているということです。

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さて次に三番叟です。

幕出し唄が終わると舞手が後ろ向きに幕から出て激しく舞います。


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高屋敷神楽が保持している演目は、権現舞、鳥舞、翁、三番叟、若子舞、曽我兄弟、虎の口、以上を式舞としている。
さらに、中入り後に出すものに普将荒神、八串の舞、三本剣、山の神、三本こうじ、小獅子舞、笠松山、蕨折、鐘巻、機織り、鞍馬の山、小僧舞、根っこ切り、舅礼舞、長者の婿、雀ぼい、座頭舞などという。

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動画でどうぞ。

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2018.05.22 |

2018.05.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

慈恩寺舞楽 納曽利 本山慈恩寺 一切経会

さて本日は慈恩寺一切経会から最後の演目で納曽利(なそり)です。

昨日紹介した蘭陵王と対をなす舞で、右方舞とされています。

納曽利は本来は二人舞で、一人舞のときは「落噂(らくそん)」といわれるようですが、慈恩寺舞楽では一人舞でも「納蘇利」と呼んでいるようです。



納曽利の舞は雌雄の龍が遊び戯れ昇天する様子を模した二人舞で双龍舞ともいわれます。

また、平安時代には競馬や勝者に賭物が与えられる賭弓、相撲の節会で舞われ、左方が勝つと『陵王』が、右方が勝つと『納曽利』が舞われたといわれています。

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そうこうする内に慈恩寺本堂からは一切経会を終えた僧侶たちが退出していきます。
そして、山門の楽屋からは楽師たちが降りてきて祭りが終了したのは午後4時ごろでした。

雨が心配されましたが何とか終わりまで降らずにいたようです。

京都から移ってきた舞楽が山形に定着し、その後北東北各地へ伝播していった林家舞楽ですが、まさに平安時代のタイムカプセルとして、これからも継承されていってほしいと願います。


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2018.05.15 |

2018.05.14 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

慈恩寺舞楽 蘭陵王 本山慈恩寺 一切経会

さて本日は慈恩寺一切経会から陵王です。
この曲は、左方舞の一人舞で、華麗に装飾された仮面を被る勇壮な走り舞です。
答舞は納曽利となっています。(明日紹介します)

とにかく仮面装束がカッコいい。
以前にNHK大河ドラマの「義経」のオープニングで、厳島神社をバックに蘭陵王が舞っている場面がありました。
双方に関連性は無いものの、北斉の蘭陵武王・高長恭が眉目秀麗な名将であったが、戦に臨んでは獰猛な仮面を付けて見事大勝したという故事と源義経の活躍を重ね合わせた演出と思います。



蘭陵王は金色の桴を持って天に突き上げるような動作が中心でも勇壮壮麗な印象を与えます。
林家が伝承している慈恩寺舞楽の陵王の舞はインドの戒日王が作った「龍王の喜び」という古代の歌劇の一節に由来する「沙羅龍王の舞」で世界最古の歌劇だったといわれています。

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また、古代中国の武勇を舞曲にしたともいわれています。
陵王の舞は中国から伝わったものですが、仮面や曲の旋律からインシナ方面の南方から伝わって来た要素があることから林邑( 今のベトナム中部)の僧仏哲が伝えた林邑八楽の一つと考えられています。

慈恩寺では江戸時代まで雨乞いの儀式の時にも舞われたようです。

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2018.05.14 |

2018.05.13 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

慈恩寺舞楽 二の舞 本山慈恩寺 一切経会

さて本日は慈恩寺一切経会から二の舞です。

ことわざに「二の舞を演じる」ということがあります。
前の人の失敗を繰り返すことを意味するものですが、その語源となったのがこの舞楽二の舞です。

昨日の安摩で紹介した通り、安摩の舞と対になった演目ですが、真似しながらも失敗してばかりの舞です。
これは神楽でいえば翁に対しての三番叟がモドキであるのと同様に、二の舞は安摩の答舞の形をとってモドキを演じているものです。



二の舞は二人舞で、一人は笑い面をつけた翁で、もう一人は腫れ面をつけた媼です。

先に翁が安摩と同じく柄のついた扇を持って舞い出ます。
次に媼が足が悪いのか、這いながら舞台に降りてきます。

翁は体が弱った媼を終始支える仕草をします。
夫婦で助け合って長命延寿を喜ぶ姿を描いているのかもしれません。
(翁が媼の鼻をかんでやる場面です)

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媼は翁が懐から出した鈴に興味を示し、幼子が鈴で遊ぶように打ち鳴らします。
年を重ねていくと赤児に還るという教えなのでしょうか。

二の舞は、滑稽でありながら人生を考えさせられる演目だなと思いました。

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2018.05.13 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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