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2024.01.28 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

第36回おらが村の「永岡蘇民祭」@2024金ケ崎町永沢

さて本日は、2024年1月28日に行なわれた金ケ崎町永沢から第36回おらが村ので永岡蘇民祭です。
この祭りの訪問は2013年以来ですので、実に10年ぶりです。

この金ケ崎町永岡での蘇民祭行事は比較的新しく、昭和53年の大水害で農地が被害を受けたが、そこから立ち上がろうと気勢を上げた青年部が始めたものである。
が、しかし実は金ケ崎町永栄寺窪にある熊野神社ではかつて「そみひき=蘇民祭」が行われていたことが岩手県文化財愛護協会編「岩手の蘇民祭」に記述されてある。



現在の永岡蘇民祭は、もともとは、金ケ崎町農業協同組合青年部永岡支部が祭りを実施してきたが、平成13年に永岡蘇民祭実行委員会に継承され、さらに歴代支部長が昭和会を組織してバックアップ体制をとって実施している。

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更に、歴代の蘇民袋争奪戦の取り主で組織された取主会が支えている。
まさに地域一丸となっての祭りである。

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また、この祭りは観客へのエンターティメント(気配り)も盛り沢山である。
この日も、餅つきあり、一升餅の餅まきあり、福飴を撒いたり、ぽち袋入りの福銭を撒いたりと、サービス満点!

ところでこの銭をまくという福徳習慣は秋田県南地方にも散見され、湯沢地方には「ゼンコ(銭こ)撒き」という祭りがある。これは、前の年の新婿がその福徳を皆に分かち合うための習俗という。

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ということで、蘇民祭である本質の蘇民袋の投入の前に、蘇民袋の中に入っているコマ「蘇民棒」を撒く。

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ということで、蘇民祭であるかぎりは肉弾戦の蘇民袋争奪なのであるが、なにせ白昼のもとで行われるため、他の蘇民祭に比べて健康的(意味不明)な感じがする。
法螺貝を合図に10分間のもみ合いが展開される。

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蘇民袋争奪戦の最後はここで。
例年は雪が積もっている場所に雪崩込んでの取り主争奪戦ですが、今年は暖冬で全く雪がないため、地面に菰を敷いて怪我対策をしての取り合いでした。

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戦いの結果、優勝はくどうまさよしさん。準優勝は紫波町の畠山さんでした。

どちらにしても、祭りに参加した人、祭りを見にきた人、みんなに平穏無事な一年が訪れるよう願う永岡蘇民祭でした。

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動画でどうぞ

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2024.01.28 |

2024.01.02 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

春を呼ぶ金田の初舞

さて本日は、2024年1月2日に宮城県栗原市一迫川口商店街にて行なわれた第57回金田郷土芸能新春初舞大会についてのリポートです。この祭りの訪問は約20年ぶりぐらいになろうか。

この祭りは、昭和44年の正月から始まり、家内安全、五穀豊穣、無病息災を祈願して、川口ばやし、川北神楽、早川流清水目八ツ鹿の三団体が川口商店街を練り歩くというものです。

笛太鼓の囃子が聞こえてくると、商店街の家々では、お神酒やご祝儀を用意して門口で迎え、川口の街中が初春の喜びに溢れます。

川口ばやしは戦後一時期途絶えていたものを昭和43年に復活させ、翌年の正月から祭りに参加しているという。



獅子舞も参加して祭り見物の町民の頭を齧り、無病息災などを予祝します。

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川北神楽は地元の南部神楽団体で、大正初期に一迫町長崎高橋長右エ門師匠の指導を得て、現在まで休むこともなく継続され、様々な神楽大会などで活躍しています。

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早川流清水目八ツ鹿は、明治維新の頃に同じく早川流の真坂鹿踊から分かれたものといい、白河家足軽で真坂鹿踊の右頭であった菅原政五郎が清水目の祖となり、白鳥幸助が協力して道具等を揃え踊り組を発足させたという。

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動画でどうぞ



祭りマップは次のとおりです

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2024.01.02 |

2023.12.30 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

志津川湾おすば祭り@2023南三陸町志津川魚市場特設会場

さて本日は、2023年12月29日に行なわれた南三陸町志津川魚市場特設会場から志津川湾おすばで祭りです。

志津川湾おすばで祭りは、1990年(平成2年)を第1回とし、震災まで約20年続いていました。
震災直前の開催が第20回目で、その後、「おすばでまつり」は「おすばでまつり福興市」と題して復活。
それから復活したのは2011年12月29日。震災があった年に見事復活。
震災後からは一度も中止になることもなく33回目の開催ということです

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私も震災以前から何度か年末の魚を求めに訪問していました。
まさに歳末の風物詩です。

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「おすばで」の語源談義は果てしないが、とにかく志津川の年の暮れは「おすばで」で、中でもとりわけ「タコ」なのである。
確かに志津川のタコは旨い。
しかもかつては志津川の土産といえばモアイ像関連が多かったが、震災後はオクトパス関連のものがメインとなってきている。

ともあれ、大船渡市木町の詰め市や、京都市のお飾り市などと同様に民俗学的風習として長く残っていってほしい行事ではあります。

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動画でどうぞ


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2023.12.30 |

2023.12.10 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

前沢厄年連「25歳緋桜蘭・42歳戌亥暒風会」@2023第18回奥州市郷土芸能の祭典

さて本日は、2023年11月19日に行なわれた第18回奥州市郷土芸能の祭典から前沢厄年連で25歳緋桜蘭・42歳戌亥暒風会です。

厄年連とは胆江地方(奥州市)独特の厄祓いを目的として同年齢の若者が祭りに参加する風習です。
男の厄年である25歳と42歳に同級生が集い、その年の水沢(日高火防祭、羽田火防祭)、江刺(甚句祭り)、胆沢(全日本農はだてのつどい)、前沢(前沢春祭り)、衣川(奥州ころもがわ祭)にニワカ踊り等を出して祭りを盛り上げるものです。

この厄年連のニワカ踊りも、近年ではよさこいソーランに似た歌や踊りが主流となっているため、単に祭りに華を添えるためのものかと思われがちですがさに非ず。

私自身も25歳の年祝いの際には、同級生たちと踊りで祭りに参加し、祭りの前夜には皆で町中の会館で酒を飲みながら一晩を共にした。これは一種の夜籠りをする若衆宿である。

また、江刺の甚句祭りにおける厄年連は、本厄にあたる25歳、42歳の前年から先輩厄年連から受け継いだ伝統を継承し、祭りの下回り役をこなして翌年には祭りの本舞台に華を咲かせる。
これは年齢階梯の祭り継承に他ならない。

水沢の日高火防祭のニワカも、昭和初頭の映像記録によると四十七士の歌舞伎の装束を纏って練り歩いたり、鹿踊や神楽の衣装で演じた風景も見て取れる。

今まで風流にも属しないと思われていた厄年連のニワカだが、今となっては再認識すべきではなかろうか。


ということで、令和5年奥州前沢 25歳厄年連 『緋桜蘭 (ひおうらん)』 です。

自己紹介から

「私たちは、『BEST ~Believe Enjoy Smile Teamwork〜』 というテーマのもと 会員一同総力をあげて活動しております。 約1年という短い準備期間でしたが、 会員それぞれが力を発揮し4年ぶりに開催した奥州前沢春まつりでは大成功を 納めることができました。先輩方が築き上げてきた伝統や故郷へのおもいを繋ぎ、 私たち個人が持つ自 分自身の能力・個性に花をさかせ 奥州市、 そして、 前沢をより良いものにしていき たいと思います。
私たちの楽曲である 『縁~えにし〜』 は江刺の7prizm music さんに作成していただ きました。 かっこよくも美しい楽曲と、 2丁扇子を使用した華やかな振り付けや、 力強 い振付にぜひ! ご注目ください!!」

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42歳厄年連戌亥惺風会

「私たち戌亥惺風会(いぬいせいふうかい)は平成10年3月に前沢中学校を卒 業した同級生で結成しました。
令和2年に活動を開始してからというもの、新型コロナウイルスが蔓延し思うよう に活動出来ない期間がほとんどでした。 それでも耐えに耐え、今年4月に4年ぶ りに開催した奥州前沢春まつりでその熱い思いを爆発させて演舞させて頂きまし た。
今年は春まつりの他にも、沢山の会場で演舞させて頂き、 同級生のみんな、水沢 や江刺の厄年連・年祝連のみんな、そして、 見に来て頂いたお客様と数えきれない くらいの沢山の笑顔に会うことが出来ました。
私たちの演舞する期間は 12月までと残り少なくなってまいりましたが、 本日も 今持てる力を存分に発揮し、 皆様に最高の演舞を届けたいと思います。
故郷前沢にはそれぞれの思い入れや思い出、そして「仲間」 「友人」 と紡いでき た絆があります。 これから先も一期一会の巡り会い、 人と人とのご縁を大切に結び繋 いでいきたい。 という想いを込めて作りました。」

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2023.12.10 |

2023.11.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

前谷地神楽「御神楽・三番叟」@2023第57回胆沢郷土芸能まつり

さて本日からは、2023年11月5日に胆沢文化創造センターにて行なわれた第57回胆沢郷土芸能まつりのリポートとなります。

最初は前谷地神楽で御神楽と三番叟です。

その前に前谷地神楽の由来について

「前谷地神楽は、式舞は山伏神楽で神舞、狂言舞は明治初年西磐井郡猪岡村字深立目、佐々木栄治より笹谷流の舞を伝授されたと言われている。
前谷地神楽の本元は胆沢郡小山の十文字神楽(この神楽は寛政年間から舞われたという)で、当時十文字神楽の舞人であった米倉軍治、純治親子が中心になって、明治十六年前谷地神楽を組織した。
明治二十年米倉純治が山目村赤荻の笹谷神楽に赴き、舞の指導を受け前谷地神楽を充実し、現在も古来の舞を継承している。
しかし笹谷神楽は古い神楽舞の舞型をきらい、三輪流神楽系の流れとなり、現在では笹谷流の古来の舞は見られない。
初代庭元米倉軍治、二代寺島幸之助、三代吉田養吉、四代高橋、五代佐々木平十郎、六代安倍伊三郎、七代菊地民之助、
佐々木重行、九代~十一代安倍五四郎、現在の庭元菊地民治郎は十二代である。
なお前谷地神楽の笹谷流神楽舞を胆沢郡金ヶ崎の三ヶ尻神楽、胆沢郡前沢町古城の折居神楽、胆沢町小山の柴山神楽、笹森神楽に伝授した。
昭和四二年二月胆沢町民俗無形文化財に指定された。」

とあります。現在の保存会会長は高橋政美さんです。



前谷地神楽では、後継者育成のため平成5年ごろより地元の若柳小学校の子どもたちに御神楽を指導してきた。
平成27年からは神楽クラブが結成され、5・6年生が練習に取り組み、山の神舞、三番叟なども伝承させてきた。

御神楽は若柳小学校神楽クラブの5年生と6年生が舞います。

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次に三番叟ですが、こちらは社会人と高校生の姉妹による舞です。

様々な芸能発表の場が無くなっている中で芸能伝承のモチベーションを維持するのは本当に大変なことと思います。
殊に子どもたちにとっては、発表の場が目標そのものであり、また一生懸命取り組んできたことの成就感を得る唯一の場でもあります。
この日は、他の団体でも子どもたちが活躍していました、頼もしい。

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2023.11.15 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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