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2023.03.22 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

蓬田神楽「五大領」@2023第35回一関民俗芸能祭

さて本日は、2023年3月12日に行なわれた第35回一関民俗芸能祭から蓬田神楽で五大領です。

その前に蓬田神楽の蓬田神楽さんの由来について南部神楽の系譜より

「舞草神社は一時期舞草穴倉地内に社地があった頃、神職が大権院神楽を奉納していた。
当時の神楽の師匠は、穴の倉の佐藤円吉、次いで蓬田大助であった。
明治初期、蓬田一族の氏神天神様に神楽を奉納するため、蓬田大助が庭元となり、東磐井郡長島村南部神楽の流れをくむ赤伏神楽の指導を受け、蓬田神楽を創設した。
初代庭元蓬田大助、二代伊藤寅之助、三代蓬田清吉、四代佐藤松治、五代蓬田稔である。」

とありますが、現在の代表は伊藤一さんです。



さて五大領、2016年の上演の際は「五代龍」という演目名でした。

冒頭から五神がネリの調子で舞い出ます。

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この演目は、太陰暦に基づく暦の由来に纏わる演目です。
五行の神といわれる木徳の神・金徳の神・火徳の神・水徳の神、それに土徳の神の5人の神達の内、土徳の神を除く4人の神達に、領分として、それぞれ春・夏・秋・冬の四季を与えられました。しかし、母の胎内に宿されていたために、土徳の神の天之八十萬玉之尊には、その四季は与えられませんでした。

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そこで、天之八十萬玉之尊は、自分に四季を分けてほしいと4人の神達に懇願するが、

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四季の神達はそれを聞き入れず、争いとなり剣戟をを交わすのでした。

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そこへ、天之御中主之尊か現れ、双方の仲裁を執り、四季90日の内から、土用18日を4人から譲り受けて、天之八十萬玉之尊に分け与え、残り72日をそれぞれが相守るとともに、3年に一度の1ケ月を「閏」と名付けて天之八十萬玉之尊の化粧料として分け与えるように命じ、めでたく争いを治めて、最後に、今後の和睦のため千代の御神楽を舞うという場面です。」

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五人の神々が持つ幣束や面などに五行色を使うなど蓬田神楽らしい重厚さが出ています。

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2023.03.22 |

2023.03.21 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

富澤神楽「安倍保名、保明の場」@2023第35回一関民俗芸能祭

さて本日は、2023年3月12日に行なわれた第35回一関民俗芸能祭から富澤神楽で安倍保名、保明の場です。


その前に富沢神楽さんの由来については定本から

「明治二○年頃、蕎麦沢の佐藤林之丞が庭元となり、西磐井郡金沢村飯倉神楽の小野寺忠七師匠(飯倉から真滝小林に婿養子に来た人)を招き、部落の若者達に神楽の指導を行ない富沢神楽を創設した。
明治時代、初期の人達が二期、三期と舞人の養成を図ったが大正初期に絶えた。
昭和三年、佐藤民治が発起人となり佐藤甚之助が庭元となり、飯倉神楽より高橋衛師匠を招き佐藤民治と共に神楽の指導を行ない、富沢神楽を再興した。
初代庭元佐藤林之丞、二代三代佐藤甚之助、四代佐藤利男、五代千葉清人、六代佐藤登である。」

とありますが、現在の代表者は佐藤徹さんです。



安倍保明が息子の安倍保名の安否を気遣って思案しています。

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そこへ保名の家来の善次が早次を伴い、泉州(現大阪府)は信田の森の楠木の宮、信太大明神に安倍家再興、母の病の平癒などを七日七夜の祈願を行っていたところ、石川悪右衛門との合戦で保名が負傷したことを告げる。

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そこで父保明が石川悪右衛門との術合戦に加勢すると意気込む。

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石川悪右衛門は山中深く逃げ込み、道を見失って一軒の家を見つける。
そこは葛の葉の家だった。
石川悪右衛門が宿を乞うたが、保名を匿っている葛の葉姫ににべもなく袖にされる。

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そこは安倍保名と契をかわした葛の葉の家だった。
石川悪右衛門が宿を乞うたが、保名を匿っている葛の葉姫ににべもなく袖にされる。

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葛の葉姫の化身が、安倍保名を助けるために闇夜に提灯で手元を照らして応援する。

そして晴れて宿敵を退治して祝の御神楽舞となる。

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2023.03.21 |

2023.03.20 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

舞川善楽流獅子舞「親子獅子舞」@2023第35回一関民俗芸能祭

さて本日は、2023年3月12日に行なわれた第35回一関民俗芸能祭から舞川善楽流獅子舞で親子獅子舞です。

善楽流獅子舞の由来について

「この獅子舞のはじまりは、舞川字不動塚にあった不動院に伝わったもので、その時代は江戸時代初期の寛永年間である。
安永四年の風土記書上によれば、この不動院は中興となったおりこの時代は十一代となっている。
紀州の熊野修験、出羽の羽黒修験等によって開院されている。
後数代を経て同村字河岸に遷座熊野権現と号す。別当は一明院が主流をなしている。
この熊野権現も大正三年十二月十七日に村社舞草神社に合祀された。
建物は同社の奥院として現存している。
これ等一連の流れの中で当然のことながら獅子舞もその行動範囲は広くなっていきました。
以来昭和四十年頃まで旧暦の二月一日に舞草地区全域をまわり諸悪根源を門毎に祈祷してきた。」

ということです。現在の保存会代表は熊谷秀雄さんです。

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善楽流獅子舞の演目は、隆盛時には12種類あったが神社の火災とともに焼失して、現在は口伝で継承している8種類ということです。

・腕(かいな)差し ・お脇払い ・三の足 ・六の足 ・錫杖御神楽 ・扇御神楽 ・柱隠し ・世の波

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この親子獅子という演目は、つい最近復演されたものです。
親子獅子は宮城県では塩釜神楽等の十二座神楽にしかなく、岩手県内では皆無(個人的知見ですが)と思われます。
3年前の3月に獅子舞巡行を採訪に言った際に会長さんが演目復活を目指しているとのことでしたが、実現できたようです。

6年前の獅子舞巡行の様子は、過去ブログを参照ください。⇒一関市舞川の善楽流獅子舞巡行記 前編

スクリーンショット 2023-03-20 195139

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2023.03.20 |

2023.03.19 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

牧澤神楽「敦盛妻別れ」@2023第35回一関民俗芸能祭

さて本日は、2023年3月12日に行なわれた第35回一関民俗芸能祭から牧澤神楽で敦盛妻別れです。

その前に、牧澤神楽さんの由来について定本より

「明治42年秋、牧沢部落にある八幡神社の秋季例祭に、西磐井郡山目村赤荻笹谷神楽を奉納した。
この神楽のすばらしさにひかれ部落の八幡神社の奉納神楽を組織しようと相談した。
阿部繁雄他八人が世話人となり、西磐井郡金沢村、飯倉神楽より菅原貞四郎、菅原惺、高橋衛、岩渕惣之進等の師匠を招いて神楽の指導を受け、牧沢神楽を創設した。
初代庭元阿部繁雄、二代阿部繁美、三代阿部繁行である。」

とありますが、現代の代表者は吉田聖樹さんです。



演目の敦盛妻別れは源平の戦いの一の谷合戦で窮地に追い込まれた平家方の若将敦盛が、自らの妻である玉織に別れを告げる場面です

無冠の太夫 平敦盛

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敦盛の妻 玉織姫

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忍び寄る源氏の兵士に怯えながら身籠った玉織姫に自分の死後のことを言い聞かせます。
生まれた子が男なら黄金造りの太刀を形見にし、女の子が生まれたら十一面観音のお守りを授けるようにと渡して別れます。

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ところで無粋ながら享年十六歳の敦盛に子がいたのかという疑念がある。
当時十五歳で元服すれば妻を迎えるのは有り得るとして、あの戦乱の中で子をもうけたとするのは疑念がある。
しかしながら、御伽草子の小敦盛では敦盛の遺児が法然上人によって取り上げられ魂魄となった父敦盛と対面する物語がある。更に能楽では生田敦盛という曲目で演じられ夢幻能として長く親しまれている。また、南部神楽でも「魂魄敦盛」として栗原地方では繁く演ぜられている。

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2023.03.19 |

2023.03.18 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

南沢神楽「五大領」@2023第35回一関民俗芸能祭

さて本日は、2023年3月12日に行なわれた第35回一関民俗芸能祭から南沢神楽で五大領です。

その前に南沢神楽さんの由来について定本より

「明治初期、市野々に本郷神楽が組織され、市野々神楽の本流となったが昭和初期衰退した。
 昭和一五年、金野米右エ門が宮元になり、本郷神楽の千葉秀雄師匠を招き神楽の指導を受け、南沢神楽を創設した。戦前は蘇武運一郎師匠が、戦後は蘇武榮登師匠が指導に当り現在に到っている。
 初代宮元金野米右エ門、二代佐藤匡美、三代蘇武栄、四代蘇武秋男である。
 蘇武運一郎は神楽の師匠であると同時に神楽面師でもある。また、岩手県南宮城県北神楽大会の審査員を二○年にわたり勤め感謝状を授けている。」

とありますが、現在の代表は佐藤耕三さんです。



演目の五大領は春夏秋冬と土用の日数を神様が争う話です。

最初に天八十萬玉命が幕出しから山の葉を舞いながら登場する。
車扇を繰っての舞が美しいです。

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そこへ四季の神々が出て参ります。いずれも荒方面をつけています。
天八十萬玉命が1年のうちから自分にも領分を分けて欲しいと各神々に頼みますが、いずれも断られます。

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そこでいたしかたなく、装束を改めて戦となります。

この騒ぎを聞いて天之御中主神が現れて仲裁をいたします。
ということで、春夏秋冬それぞれ72日と、季節の間に18日ずつを4度の土用に分けて治めよとした土用の由来譚ということです。

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めでたく一年の分け与えが決まった所で千代の御神楽となります。
面を外しての崩し舞です。

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2023.03.18 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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