2017.06.24 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

北下幅神楽 岩戸開き @ 駒形神社春季例祭

さて、本日は駒形神社春季例祭から北下幅神楽さんの天ノ岩戸開きについてです。

北下幅神楽は瀬台野神楽系統ですが、胴取の太鼓の拍子と神歌に特徴があります。
特にネリの部分では能楽を思わせるような感じですが、もともと地元では謡曲を習うのが常でしたので、その影響もあるかと推量します。

幕上げ 〽 これ天之岩戸押し開いくよ 祓えさんよう

天児屋根命が出て一舞しますが、足次が法印神楽を彷彿とさせます

御神楽の由来を重厚なセリフ回しで唱えます 



続いて天太玉命が出て千代の御神楽を舞います。

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天の岩戸が僅かに開いた所で、手力雄命が岩戸を開けます。

〽 取っては投げた 天の岩戸を取っては投げた

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表幕が開くと天照大御神と天宇受売命が現れます
天宇受売命が天照大御神の前で御神楽を舞うのも特徴的です。

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最後は面を外しての崩し舞で舞い納めます。


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お疲れ様でした。

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動画でどうぞ。

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2017.06.24 |

2017.06.23 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

北下幅神楽 五代領 @駒形神社春季例祭

さて本日は、5月2日に奉斎されました陸中一宮駒形神社春季例祭の宵宮から北下幅神楽さんで五代領です。

さて演目の五大領は、春夏秋冬と季節の間の土用にまつわる物語です。

幕出し歌は

〽 五大領神の 使者を呼ぶべし 
   五大領神の 使者を呼ぶべし ほおいよさあ ほういよさあ




「我々の日本に四季の神様(春、夏、秋、冬)が三百六十日を納めていましたが、そこに太陽の神様八拾萬玉の尊より『春夏秋冬のみでは、万物の成長などあり得ない。太陽の恩恵を賜り初めて万別の成長があり得るのです』と意見を申し述べ、四季のうちから何日かを分け与えよと四季の神々に迫ります。

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しかし、四季の神々は、太陽の神様の意見を聞き入れず。
ついには、装束を改め太刀を抜いて激しい争いになりました。

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その時、月よりの使者「天御中主の尊(アメミナカヌシノミコト)」は『四季は、九拾日ずつあるが、その内より末から数えて十八日を土用として、太陽の神様に分け与えなさい』『そうすれば、十八日掛ける四季(春、夏、秋、冬)は、七十二日成り。すなわち、九拾日より十八日を引いて七十二日となす。』『よつて、各四季(春、夏、秋、冬)と土用ともに七十二日となるように、平等に分けなさい。』と仲裁に入り、平和な世に戻りました。
このことにより、地球五行の法則が誕生して、暦に反映したと言い伝えられている。

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動画でどうぞ。


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2017.06.23 |

2017.06.22 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

北下幅神楽 三番叟 @ 駒形神社春季例祭

さて本日からは、5月2日に奉斎されました陸中一宮駒形神社春季例祭の宵宮です。
今年の神楽奉納は北下幅神楽さんでした。

今年は例祭が水沢公園の桜満開と合ったこともあり、いつもより沢山の方が神楽見物を楽しんでおりました。



演目にいく前に北下幅神楽の由来について定本より。

「明治初年、千葉源五郎外七人の仲間が、水沢市旧満倉上葉場村、高山稲荷神社の上葉場神楽に弟子入りし神楽を習得した。
明治二年の修験道廃止により神楽団も解散したため、北下幅村の仲間で、北下幅神楽を創設した。
また自ら庭元となり、多くの弟子を養成するとともに、西磐井郡平泉町達谷神楽、水沢市真城瀬台野神楽との交流を深め
数多くの演目を習得した。
初代庭元千葉源五郎、二代千田伊四蔵、三代千葉源五郎、四代小野寺彦助、五代千田竹松、六代千葉庄太郎、七代千葉運蔵、現在の庭元千葉源一は八代目である。
昭和三六年三月、水沢市無形文化財の指定を受けている。
なお他村に伝授した箇所は、明治二五年佐野神楽、福原神楽、明治三○年鴬沢神楽、明治三五年鵜の木神楽、南部岩崎神楽、大正10年番匠神楽、大正14年昆沙門神楽等である。」

とあります。
現在の代表は千葉 新太郎さんです。

最初の演目は子供たちによる御神楽でした。

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次いで三番叟です。

幕だし歌は

〽 吉が野に吉が野に 日は照るとも照るとも 常に絶えせぬ鳴る滝の水

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前段の練舞が終わると口上の台詞になります。
こちらの三番叟では胴取りとの太鼓の応酬はありません。
台詞の合いの手に太鼓と笛が入るため非常に雅やかな印象があります。

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目出度き詞を言い連ねて祝った後、崩し舞となります。
沖に鴎が飛ぶように  マゴチョイと申す

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動画でどうぞ。

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2017.06.22 |

2017.06.21 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

岡谷地神楽 叢雲 @ 第13回神楽共演石越大会

さて本日は、第13回神楽共演石越大会から岡谷地南部神楽さんで叢雲です。

その前に岡谷地南部神楽さんの由来について

「明治三二年、工藤清右エ門(東和町嵯峨立から養子に来た人)が庭元兼師匠となり、修験道賀田羽流剣舞神楽を部落の若者達に指導し、岡谷地南部神楽を創設した。
また、大正時代に中田町宝江新井田から師匠を招いて笹流新井田神楽や加茂流舘神楽の芸風も取り入れた。
発足以来、地元の旧県社登米八幡神社の秋季例祭に奉納されてきた。
法印神楽の影響をよく残しており、笹結や宇賀玉等の演目を保持している。
初代庭元工藤清右エ門である。」

とありますが、現在の代表は佐久田和尋さんです。
胴は高橋真一さん、今日も気魄の籠もったバチさばきと掛け声です。



というわけで、叢雲です。八岐大蛇退治です。

南部神楽では多くは「吊るし大蛇」という上演形態ですが、法印神楽では蛇面に赤い装束の舞手が鬼神風に荒々しく舞うのが通例となっています。
このへんも、法印神楽の影響を残した部分といえます。


出雲国簸の川の上流で、毎年大蛇に人身御供を差し出さねばならず、今年の順番となった手名椎足名椎が娘の櫛名田姫を連れて出て、事の次第を述べます。

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高天原を追われて放浪の旅の途中で訪れた素戔嗚尊

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八岐大蛇です。
両手で竹を持って赤い布を頭上に被っています。上沼や浅部の法印神楽でも見られる形式です。

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素戔嗚尊と八岐大蛇の乱闘の末、八岐大蛇の面とシャグマを奪い取り勝利を宣言する。

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最後は千代の御神楽で舞い納めます。

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動画でどうぞ。

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2017.06.21 |

2017.06.20 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

鶯沢神楽 弁慶安宅の関 @ 第13回神楽共演石越大会

さて本日は、第13回神楽共演石越大会から鶯沢神楽さんで 弁慶安宅の関です。

その前に、鶯沢神楽さんの由来について定本より

「明治初年、玉井豊之助、小野寺久五郎の両人が世話人となり、岩手県西磐井郡萩荘村達古袋神楽の師匠を招き、神楽の伝授を受け日向神楽を創設した。
戦前、戦後舞方が少なくなり中断していたが昭和三九年、町教育委員会が郷土芸能後継者養成講習会を開催した。講師は小野寺捨男、小野寺東策の両師匠の指導であった。
これを機に鴬沢神楽保存会を組織し現在に至る。
なお、明治一八年、二○年の二回にわたり、伊勢神宮に神楽を奉納したという。
また、大正年間、田谷神楽(江刺市愛宕)の指導をしたともいわれている。
初代庭元玉井豊之助、現在の庭元岸湊は六代目である。」
ということなそうです。現在の代表者は高橋長人さんです。



演目は、源義経が武蔵坊弁慶らとともに奥州藤原氏の本拠地平泉を目指して通りかかり弁慶が偽りの勧進帳を読み義経だと見破りはしたものの関守・富樫左右衛門泰家が武士の情けで通したという場面です

義経さんです。

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弁慶さん。

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義経一行が山伏姿に身をやつして密かに北陸路を抜けて奥州へと行く道すがら、安宅の関にさしかかります。
関守の富樫左衛門泰家の検分にあいます。

関守に義経主従と怪しまれ、疑いを晴らすため、弁慶が東大寺建立の勧進帳を空読みします。

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富樫の家来が、剛力姿をしたもの判官殿によく似たりと進言したため富樫は義経の顔改めをします。
これに危機を覚えた弁慶が、涙を呑んで義経を未熟者めと強打します。

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数々の疑問はあるものの、山伏一行を義経主従と見破った富樫左衛門尉ですが、武士の情けで通すことに気めます。
山伏先達を武蔵坊弁慶と見破りながらも大法師と呼びかける心遣いに神楽の観衆も惜しみない拍手を送ります。

「彼も武士なら我も武士。ここで、判官殿に縄をかけるのは容易けれど、ここが武士の情けのかけどころ」

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からくも関所を抜けた義経主従ですが、弁慶が主人に手を上げたことを詫びて切腹しようとします。
義経それを押しとどめ涙ながらに諭します。

〽 屋島の戦に継信が、吉野の山では忠信が いずれも我の身代わりに死せり  この判官 汝に命を託すなり

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2017.06.20 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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